セクシャル・ハラスメントをテーマにした映画「ある職場」 文箭祥人(編集担当)

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右から、舩橋淳監督、平井早紀さん、伊藤恵さん

実在したセクシャル・ハラスメントに基づき、その後日談として創作されたフィクション「ある職場」。9月10日、大阪・十三の「第七藝術劇場」での上映後、舩橋淳監督と出演した平井早紀さん、伊藤恵さんが舞台挨拶を行った。その模様を報告します。

目次

「時代の無意識」を映画にする

まず、舩橋監督がセクシャル・ハラスメントをテーマにした映画を制作した経緯を語る。

「『時代の無意識』という呼び方を僕はしているんですけれど、みんなが頭の端のどこかに引っかかっているようなテーマに向き合ってきました」

舩橋監督はこれまでに制作した2つの映画について話す。

「フタバから遠く離れて」(2012年)

福島第1原発の5号機、6号機が立地する福島県双葉町。事故後、町全体が警戒区域になり、急遽、1423人が約250キロ離れた埼玉県の旧騎西高校に避難。激変する環境の下、住民たちはこの1年半余りをいかに過ごしたのか、避難生活を描いたドキュメンタリー。ベルリン国際映画祭でワールドプレミア。世界40か国以上で公開された。

「足元に原発がある人たちを映画にすることで、自分たちが今まで歩んできたエネルギー問題を見つめ直すことをやってみたいと思いました」

「ビックリバー」(2006年)

アメリカ・アリゾナ州の砂漠。目的のない旅を続ける日本人バックパッカーの哲平が、車が故障し立ち往生していたパキスタン人のアリと出会う。2人を乗せた車が完全に壊れて動かなり、偶然遭遇した若いアメリカ人の女性サラに助けられる。やがて3人の間に奇妙な友情が生まれ、あてのない旅が始まる。ベルリン国際映画祭、釜山国際映画祭等でプレミア上映。

「『911』後、イスラムに対する偏見や差別を考え直さないといけなのではないか、人種や宗教を超えた人間的なつながりを考え直そうと考えてつくりました」

そして、今回の「ある職場」はどういう経緯で制作したのか。舩橋監督が続ける。

「日本人のジェンダー不平等の問題をずっと撮りたいと思っていました。10年間のアメリカ生活から日本に戻ってから、ずっと引っかかっていました。単なるセクシャル・ハラスメントの問題だけではなくて、日本社会の根底にある、男性中心社会。アメリカも相当ひどいけれど、日本はもっとひどい。日本はジェンダーギャップ指数が世界で116位、先進国でだんとつの最下位です。ASEAN諸国の中でも、ぶっちぎりの最下位。男女平等が全然、なされなくて、いつかこのテーマで映画をつくりたいと思っていました」

世界経済フォーラムが2022年7月、男女格差を測るジェンダーギャップ指数を発表。経済、教育、健康、政治の4つの分野のデータから作成される。日本は世界146か国中、116位。分野別でみると、「教育」の順位は1位、「健康」63位と世界トップクラスである一方、「経済」は121位、「政治」は139位となっている。

実在のセクシャル・ハラスメント事件から映画がうまれた

セクシャル・ハラスメント事件の取材が始まる。

「2017年頃、知り合いから、あるホテルチェーンでセクシャル・ハラスメント事件があったと聞きました。当初、この事件をドキュメンタリー映画として制作することを考えて、被害者やこのホテルの従業員、会社の上層部、そして加害者に撮影なしのペン取材をしました。

しかし、カメラ撮影を断られ、ドキュメンタリー映画として制作することができませんでした。ただ、被害者を取材した際、熱量を感じました。被害者は、『この問題を世に出してほしい、社会に訴えかけてほしい』という思いがあったから取材に応じてくれました」

劇映画として制作することになる。

「事件があったホテルチェーンの名前も、被害者ら事件にかかわった人の名前もすべて、変えました。被害者らの許諾をとって上で、劇映画となりました」

被害者の言葉に胸を打たれたという。

「この映画の元になる事件の被害者を取材した際、胸を打たれた言葉があります。

『セクハラを受けて本当につらかった。だけど、セクハラと同じぐらい、その後に組織の中で生きていくことがつらかった』

だから、この映画は、セクシャル・ハラスメント事件が起きた後のことを描こうと思いました。日本社会がセクシャル・ハラスメント事件をどう受け止めていったか、後日談を撮ることが大切だと考えました。なぜ、セクシャル・ハラスメントが職場で起きた時、ちゃんと対応できないのか、なぜ、混迷を極めてごちゃごちゃになるのか、みなさんに考えてもらうような映画をつくろうとなりました」

台本はない!設定は役と舞台だけ。俳優たちがセクハラにリアルに立ち向う

「台本はありません。ハコと呼びますが、シーンの状況はあります。例えば、『湘南に行きます』とか、『海岸でビーチバレーをします』、『観光地に行きます』、『観光地から帰ってごはんを食べます』、『その後、飲み会をします』、こういうシーンを設定します。しかし、それぞれのシーンでだれが、何を、しゃべるのかというのは全くありません」

設定されるのはシーンと役だけ。

「それぞれの役の設定は決めました。主人公の【早紀】は、セクシャル・ハラスメントの被害者で、自分の被害を訴えるだけでなく、会社に対して今の体制を変わってほしいと考えている、こういう設定です。また、【木下】は早紀を守ってあげたいと思っている先輩女性です。【牛原】は早紀が働く部署の女性上司。早紀の気持ちをわかると言いながら、自分自身も早紀と同じ経験をしていて、簡単に男社会が変わらないと半分あきらめていて、実力でのし上がって男たちを見返しなさいと考えている、そして、早紀に部署異動を提案する。登場する3人の女性はそれぞれ思いが違います。男性は、【野田】は早紀がかわいそうと言いながら、セクハラは大したことないと思っていて、セクハラの加害者がこの事件後、会社を辞め、家族が路頭に迷い、加害者がかわいそうだと思っている。そういうそれぞれの設定をつくりました」

そうして、台本はなく、舞台設定だけ与えられた俳優たちが演技を演じる。

「どういう展開で、だれがどういうのか、は決めなかったんです。カメラが回る前、俳優たちにいろいろな理論武装をしてもらいました」

早紀役の平井早紀さん。

「実際にセクハラ被害にあった被害者のインタビューを聞いて、セクハラ被害者の役を演じました。責任感をすごく感じて、はじめは情報をちゃんとしゃべらないといけないというのがすごくありました。共演者と一緒に職場の空気感をつくっていく中で、どんどん自然と言葉がでるようになりました。自然とでてくる言葉が怖い、怖い!情報としてこの言葉が間違っていても、その気持ちが本当であれば、作品に対して必要なものだと思って演じました」

早紀の先輩女性の木下を演じる伊藤恵さん。

「早紀はすごくかわいい部下で、とにかく早紀を守ってあげたいという木下を、私は私の中でつくりあげて、それをどんどんぶつけるという形で演技しました。おそらく、独りよがりな守り方だったりもするし、大きな意味で守っている時もあるし、その時々で守り方が違うんです。他の出演者が言うことは、自分が考えているものと全然、違うんです。すごく難しかったです。シーンごとに毎回、悩みました。頭が痛かったです」

平井早紀さん。

「私はお腹が痛かったです」

舩橋監督がこう解説する。

「なぜ、セクシャル・ハラスメントが起こるのか。映画には、男性、女性、LGBTの人も登場します。それぞれにおいて、セクシャリティーの考えが違っていて、ある人にとってはささいなことが、別の人にとってはものすごい重大なことで、それがぶつかり合う。だから問題になるんです。全員が均一な標準を持っていれば、問題は起こらない。誰かが正しくて、誰かが間違っているのではなく、全員が正義なんです。映画で、正義において、全員がぶつかり合うような空間をつくろうと考えました。だから、俳優のみなさんが考えて、それぞれの言葉を言ってくださいと伝え、それを僕はドキュメンタリー映画のように受け止めます、というのがこの映画です」

<人間は正義を振りかざす時、暴力的になる>を発見する

「編集している時にいろいろな発見があります。思いもしない発見ばかりでした。カメラも僕がまわしましたが、カメラを振る時がありました。それは、<あれ!この人がこんなに怒っている!>と僕が本当に驚いたからです。編集の過程で発見し心打たれたのは、人間というのは、正義を振りかざすときに、もっとも暴力的になる、ということです。他人を守ると言いながら、互いに毒を撒き散らす人の集団をどうすれば良いのか、この映画は問いかけていると思います」

●映画「ある職場」上映情報

https://arushokuba.com/

○ぶんや・よしと  1987年MBS入社。2021年2月早期退職。 ラジオ制作部、ラジオ報道部、コンプライアンス室などに在籍。 ラジオ報道部時代、福島原発事故発生当時、 小出裕章さんが連日出演した「たねまきジャーナル」の初代プロデューサー

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