〈緊急寄稿・わが輪島塗-能登の震災に寄せて-(続)〉 井上実

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 〈能登寒ぶり〉は北陸産のぶりの中でもひときわ美味で知られています。金沢の人が「輪島で食べる能登ぶりは格別」というほどで、引き締まった身と脂のバランスが絶妙なのです。輪島塗のロケのたび一度は暖簾をくぐる、地物魚で評判の居酒屋さんがあるのですが、ぶりのお刺身の、絶句するほどうまいこと!普段はああだこうだとうるさいくらいのスタッフも黙して食べてしまいますので座持ちするのが大変なのです。

 地元の方もぶりへの愛着が大きく、晩秋から初冬へかけて降るあられ混じりの雷雨が激しくなると、海中のぶりも起きるほど、ということから〈ぶり起し〉と言い慣わして真冬の備えに入ります。能登輪島では〈ぶり起し〉は季語と言ってもさしつかえないでしょう(雷と言えば太平洋側では梅雨から夏にかけての季語ですから日本海側の気候の感覚とは異なり、面白いものです)。

凪の輪島の海。〈ぶり起し〉となると鉛色の低い雲から何本もの稲妻が海に向かって落ち、強い浜風が陸に向かって吹きつけ荒れた海となる

 ぶりは出世魚です。お刺身でも煮物でも、その豊かな食味とともにめでたい場でも存在感のある一品となるでしょう。それがどれだけつつましやかな、新年の家庭の場であっても。

 ●朝日新聞・大瀧哲彰記者

「潰れた台所、お重に入ったぶり大根 妻の料理は最後までおいしかった」

朝日新聞デジタル
潰れた台所、お重に入ったぶり大根 妻の料理は最後までおいしかった:朝日新聞デジタル  石川県輪島市の森下政則さん(84)は能登半島地震から2晩明けた3日、倒壊した自宅で、輪島塗のお重を見つけた。政則さん手製で、何十年も使ってきたものだった。中には、...

※有料記事になります

 この記事を目にした時、家と共に亡くなった命、残されたご主人の気持ちを思うとともに、ぶり大根に沁みた奥様の心と輪島の歴史ある食文化もまた揺れる大地になぎ倒されたのだと感じました。

 今は無理でも、またかの地に通う日々が再開すれば、ぶりにもうひとつの味わいが宿ることになりそうです。

 記事に“お手製の輪島塗のお重”とあるように、命をつなぎとめられたこの方は輪島塗に従事された人と思います(塗師屋さんか、あるいは名高い職人さんかもしれません。間違っていましたらおゆるしください)。

 かつて輪島塗の職人さんになるには塗師屋に入って下働きし、徐々に働き盛りの職人さんや兄弟子から専門的なわざと仕事を学び、一年の年期明けを経て独立する、という道のりが主流でした。今では仕事を覚える道はそれぞれあるでしょう。漆器づくりの技術や造形、意匠を学ぶ研修所もあります。それでもこの徒弟制度で受け継がれる仕事、人の繋がりといった価値や財産を大切にする方々はいます。輪島塗の伝統的な年季明け式には工房の師と〈親子固め〉の杯をかわし、門出を祝います。

●2020年の年季明け式の様子

輪島塗の老舗 輪島屋善仁 | Wajima...
年季明け式を行いました | 輪島塗の老舗 輪島屋善仁 | Wajimaya Zenni 本日、当社は職人2名の年季明け式を塗師の家にて執り行いました。輪島塗の工人は、4年間の弟子修行を無事に終えると、年季が明けて一人前の職人として認められます。今回の...

●〈親子固め〉が終われば宴。肴は能登ぶり。出世を願って

 独立の際に師から贈られるものに〈塗師屋刀〉と呼ばれる小刀があります。漆仕事は木が相手。木地の補強をするため彫溝を入れたり、布張りの余分を切ったり、布目の凹凸を削いだりといった、器物に対する技法の用途のほかに、下地へらの先を削ったり、刷毛先を切り出したりという、道具のしつらえにも使われるものです。この小刀を使いこなしてこそ、一人前の漆職人になるというわけです。

 漆の工房に行くと、砥石が必ず道具箱に入っています。砥石は下地や中塗り漆を施した後に必ず膜面を研ぐためのものです。丁寧に研ぎつけて塗りの厚みを均一にする、そうしてまた塗り重ねる、の繰り返しが漆仕事です。うつわの角や面、カーブに密着するように砥石の形を整える、下地や中塗りの工程に合った硬度の砥石を用意するなど、多種多様な砥石が必要で、自然に砥石の数が増えてくるのです。

 

水研ぎ用の砥石。形の大小や石の硬度、荒さや細やかさもさまざま

 輪島塗といえば塗りの工程。刷毛はその象徴なのは皆さんご存じです。この刷毛も中塗り用、上塗り用といった工程ごとのもののほか、器形に対応した幅や長さのものがあります。仕事が終われば毛先を綺麗に洗いますが、長年使い続けられた塗道具には飴のような漆の艶が宿ってなんともいえない味があります。

 輪島塗の職人さんは代々家業として続けてきた方が多くいらっしゃいます。その方に使う道具を見せて欲しいと工房にうかがうと、「これは親父が使ってた外鉋で鋼が薄い割に丈夫なんだ」「この鑿は彫るといい線が出る。先々代の頃のものだから研いでる内に短くなっちゃった」と、とても嬉しそうに紹介してくださいます。地縁・血縁のない方でも引退・廃業した方から譲り受けた道具を使いながら「やっぱり昔の道具は人を選ぶねえ。結局俺のところに来たんだ」とやはり誇らしげに語ってくれます。

 漆仕事の道具は、漆仕事に限らず道具というものは、自らの手の延長であり、自らの手の延長であればこそ、代替不能かつ精密な調整が施されています。意匠工程もしかり。蒔絵筆や粉筒、沈金鑿も他の人と共有できないものばかりなのです。

 この震災で多くの職人さんの工房が倒壊や焼失などの被害を受けています。そして工房とともに、道具もまた影響を受けていると思います。職人さんにとって、実は道具類の損紛失が一番堪えているのではないかと危惧しています。刀や鉋は少しの衝撃でも狂いが起こって使い物にならないものです。火に当たってしまったら二度と同じ調子に戻らなくなります。木地を扱う職人さんたちは更に鋸やろくろ鉋などの様々な刃物が作業場にあったことでしょう。塗刷毛は相性の良いものに出会うまでに沢山の新品を試していくことになるのかもしれません。良いものに出会うまで探し求めるのか、それともだましだまし使っていくのか。砥石も貴重な天然石なら入手するコストがかかります。

 独立間もない自身の傍らにあった道具、会心の仕事を実現できた道具、代々受け継がれてきた道具。それを失った時の職人さんひとりひとりの無念さはいかほどばかりなものか。

 輪島塗という特殊な世界の問題でなく、仕事や誇り、生きがいの支えとなったものの喪失という、人間的な苦悩として彼、彼女たちの内面に思いが巡ります。

●「伝統の輪島塗に打撃 被災の職人、おわん手に落胆」(時事通信)

Yahoo!ニュース
Yahoo!ニュース Yahoo!ニュースは、新聞・通信社が配信するニュースのほか、映像、雑誌や個人の書き手が執筆する記事など多種多様なニュースを掲載しています。

 「もう続けられない」「輪島塗が終わるかもしれない」という被災された職人さんや塗師屋さんたちの声が報道を通じて伝わるようになってきました。

 専門性と効率性という観点から工程ごとの分業で育まれてきた輪島塗という伝統産業は、その分業のひとつでも欠けてしまうと全体が完成しないという急所を抱えています。廃業する職人さんたちが続出すれば一挙に存続の岐路に立たされてしまいます。

 私の知識不足ゆえここで触れませんが、木地の材木を栽培する従事者、原木からうつわの部材をつくる方々(原木から部材にするためには十年単位の乾燥工程が必要)、堅牢さの源である輪島地の粉を生産する業者さんなど、輪島塗の表舞台に出ることなく、土台役に徹してきた裏方さんたちも被災に遭われていると思います。

 全国屈指の漆器産地ゆえ機能していた分業制や資材提供の優位性がこの災害で立ち行かなくなり、その規模の大きさや細かさゆえ回復に相当な時間がかかるというのはなんとも皮肉なことです。

 思えば輪島塗は以前から存続の危機にありました。売り上げの減少、担い手の高齢化、教え子よりも先生の方が多いような後継者の不足、金粉や箔紙、国産漆などの材料の高騰といった課題を抱えていたのです。国や自治体に陳情し、助成でなんとかつないできた輪島塗、という声も聞いていました。それがこの地震によって決定的な判断を迫られるほどの局面に立たされました。逆境という言葉では表現できないほどの重荷を背負って、つまりゼロからのスタートというくらいの覚悟をもって、これからの輪島塗を再建していく方たちの取り組みが始まっていくと思います。正直に言えば再建の道筋はあまりにも長く厳しい。それでも歩んでいこうとする方がいれば私もその道程を見守り続けたいと思います。

 それにしても〈ぶり起し〉を過ぎて、ことのほか凍てつく寒波が輪島を覆っているようで、皆さまのご無事を祈るばかりです。

                                         井上実(記録映画演出)

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