「能登らしさ」とは(1)奥能登の特徴

  • URLをコピーしました!

 元日に起きた能登半島の地震では1月18日現在死者232人を数え、1万5000人を超える人が避難生活を余儀なくされている。すぐにでも駆けつけたいけれど、それもかなわない。今後の復興では「能登らしさ」が大切になってくる。東日本大震災の津波被災地では高さ15メートルの巨大防潮堤がつくられている。その愚をくりかえしてはならない。まず奥能登がどんな地域なのか、簡単に紹介しておきたい。
(「能登の里人ものがたり」からの抜粋です)

目次

内浦と外浦

 今回とくに被害が大きいのは能登半島先端の「奥能登」とよばれる地区だ。
 輪島・珠洲・穴水・能登の4市町で5万8000人が住んでいる。私が住んでいた2015年は7万5000人だったから、9年で2割超も過疎がすすんでいる。


 能登半島の富山湾に面した「内浦」は、平地に水田が広がり、いくつもの深い湾が出入りする。海は穏やかで、縄文人が5000年間住みつづけた真脇遺跡もある。晴れて空気が澄んだ日には富山湾ごしに立山連峰を望める。哲学者の西田幾多郎や鈴木大拙もこの風景を愛した。


 一方、日本海に面した「外浦」は荒々しい景観が特徴だ。冬は20メートルの季節風が吹きつけ、海岸には洗剤の泡のような「波の花」が飛び散る。強風を防ぐため、ニガタケの生け垣「間垣」でかこまれた集落が形成された。

千枚田は地滑り対策

 海の間近まで山がせまっているため、急斜面を刻む棚田ができた。奥能登の中心都市・輪島市中心部の10キロ東にある白米千枚田は、地すべりがくりかえし発生し馬蹄形の凹地になった場所に、地形に沿ったかたちで階段状の田がつくられた。大きな田は大雨で畦が破れたら一気に崩れるが、畳一枚程度の田ならば、畦の一部が切れても全体が崩れることはない。江戸時代の土木技術者や農民の知恵によってつくられた。輪島近辺は2007年には震度6強2の地震におそわれたが、千枚田は無事だった。報道によると今回は被害を受けているが、全面的に崩壊しているわけではなく、伝統の技術の確かさを示したように思える。

https://www.chunichi.co.jp/article/838216

一時は全滅した揚浜塩田

 夏、海から海水をくみあげ、砂地の塩田にまく。かわいたら砂を1カ所にあつめて海水をかけ、濃縮された海水をつくり、それを大釜で煮つめる。鍋に最後にのこった液体は豆腐をつくるにがりになる。

 釜焚きのために木を切り、落ちている小枝までつかうから、山の土壌がやせてアカマツ林が形成される。それによって奥能登は石川県で最大のマツタケ産地になった。
 1961年は26トンを記録し、ある集落では20軒のうち5軒が5000万円以上を売り上げ、裏山のマツタケを出荷して寺の維持費を捻出する「マツタケ寺」もあった
 昔は揚浜製塩は全国にあったが、瀬戸内などに、潮の干満を利用して海水を塩田に導く入浜塩田が広まると、人力で海水をくみあげる揚浜塩田は衰退した。でも、ほかに産業のない能登半島先端部は戦後も塩田がつらなっていた。夏は製塩、冬は出稼ぎという暮らしだった。だが1959年の第3次塩業整備で、塩は工場で製造されるようになり、能登の揚浜製塩は全廃された。観光目的で残された1軒以外はすべて廃業した。

日本一の海藻文化

 能登半島は暖流と寒流がぶつかるから、南のマグロも北海のタラもとれる。
 海藻もホンダワラを中心に200種類にのぼる。太平洋岸は、カジメ科のアラメやカジメばかりでスギの人工林のように単純だが、能登の海中は雑木林のようだ。能登では200種の海藻のうち30種を食べており、伊勢志摩とならんで日本一豊かな海藻食文化をはぐくんできた。

多彩で豊かな信仰

 多彩な信仰も能登の特徴だ。プロテスタントにちかい浄土真宗の多い地域は、アニミズム的な民間信仰はすたれる傾向があるのだけど、能登では両者がみごとに共存している。

 田の神様を冬場に自宅でもてなす「あえのこと」などの農耕儀礼や、秋田のナマハゲに似た「アマメハギ」などの行事も集落をむすぶ役割をはたしている

 そして、能登の祭りの代表は「キリコ祭り」だ。奥能登で150カ所にもよおされている。秋田の秋田竿燈(かんとう)祭りや、青森のねぶた祭りと同様、京都の風流灯籠の文化が日本海の海路でつたわってきたと考えられている。七夕や夏越し、収穫祭といった様々な祭りで、神輿をおともをする燈籠が「キリコ」とよばれており、「キリコ祭り」というのは正式名称ではない。
 能登町の中心・宇出津(うしつ)のあばれ祭り、輪島の4地区でひらかれる輪島大祭。海のなかを練り歩く珠洲市宝立地区の「七夕キリコ」など7月から10月にかけて毎週のようにどこかで祭りがもよおされている。

 そして、祭りの日には見知らぬ人も家にあげて「ごっつぉ」をふるまう。
 この習慣は「よばれ」という。3歳の子が客に座布団をだし、中学生になると熱燗のかげんがわかる……。そういう習慣が、和倉温泉の「加賀屋」などのもてなしにつながっているという。(つづく


「能登の里人ものがたり(上)」https://amzn.asia/d/40AQ0cA
「能登の里人ものがたり(下)」https://amzn.asia/d/8QrbAnQ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次