北海道民がゲノム編集トマトに関する要望書を提出
今年4月、「北海道食といのちの会」がゲノム編集トマトに関するプレスリリースを発行した。
「北海道食といのちの会」は消費者団体や農業団体など合わせて31の団体と約60人の個人が加入し、北海道大学名誉教授や有機農業の団体の代表、消費者団体の代表らが役員を務める。
プレスリリースのタイトルは「ゲノム編集トマト受取拒否要望書への道内自治体の回答についてのまとめ」。
ゲノム編集トマトを販売するパイオニアエコサイエンス社がゲノム編集トマト「シシリアンルージュ ハイギャバ」の苗を福祉施設や小学校へ無償配布する計画を発表したことを受けて、昨年12月、「北海道食といのちの会」は北海道内の179の市町村に要望書と回答書を提出した。
「北海道食といのちの会」の要望書の柱はこうだ。
「安全性が確認されていないゲノム編集トマトを子どもたちに食べさせることは許されません。安全性に強い疑いのあるゲノム編集トマトの苗を貴自治体内の福祉施設や教育機関が受け取らないことを強く要望します」
ゲノム編集トマトの苗を「受け取る」と回答した市町村はゼロ 北海道での調査
この要望書と合わせて回答書を送付した。ゲノム編集トマトの苗を「受け取る」「受け取らない」「その他」の3つから選び、選択の理由やコメントを記入するというものだ。最終集計がまとまり、プレスリリースを行ったのだ。道内179の市町村のうち、75%にあたる134の市町村から回答があった。
「ゲノム編集トマトの苗を受け取る」と回答した市町村はどれほどあったか?
ゼロ。「受け取る」とした市町村はなかった。
逆に、「受け取らない」の回答はどうだったか?
回答した134のうち、29%にあたる39の市町村が「受け取らない」だった。
71%の96が「その他」と回答した。回答の中身をみると、64の市町村が「企業側から要請がまだない」「未定・検討中」。10の自治体が「受け取る考えはない」など、「受け取らない」に近い回答。12の自治体が「安全性・影響を見極めたい」。た。
ゲノム編集トマトへの懸念、予防原則に立った判断 北海道の市町村
「北海道食といのちの会」が注目したのは、ゲノム編集トマトの安全性に関する各市町村の見解だ。プレスリリースに次のように書かれている。
「ゲノム編集トマトの食品としての安全性などに対する懸念は道内で決して小さくないことを示している。ゲノム編集トマトの安全性を確信または是認している意見が一切なかった」
各市町村のコメントを分析してこう記している。
「『受け取らない』と回答した自治体のコメントで最も多かったのが『客観的安全性が証明または確認されてない』という趣旨のものだった。また「その他」と回答した12の自治体が『安全性・影響を見極めたい』とした」
この分析結果を踏まえて、こう述べる。
「『予防原則』に立った判断を、少なくない市町村がしていることが明らかになった」
また、「その他」と回答した96のうちわずかだが、8の市町村は、「政府や道の方針を踏まえる」。「北海道食といのちの会」は「地方自治体として情けない」と批判する。学校や福祉施設の運営に関する事務は地方自治体がそれぞれ自らの責任と権限と判断で行う事務であって、「政府や道の方針を踏まえる」は、住民の健康に関わる重大な問題を判断する責任を放棄するものだと説明する。再度の検討を求めるという。
北海道と同じ動きがいくつかの県ですすんでいる。「北海道食といのちの会」によると、徳島県では、34の市町村が回答し、「受け取らない」は53%にあたる18、「受け取る」はゼロ。熊本県は、16の市町村が回答し、「受け取らない」は38%にあたる6、「受け取る」はゼロ。
北海道、徳島、熊本におけるアンケートの結果、「受け取る」と回答した市町村は存在しない。
なお、パイオニアエコサイエンス社は、HPにゲノム編集トマトについて、「最先端技術でGABAを高蓄積」、「従来の品種の4-5倍のGABA量」とうたう。そもそもGABAにどういう有効性があるのか?国立健康・栄養研究所はHPで以下のように解説する。
「俗に、『血圧を下げる』などと言われており、GABAを関与成分とし、『血圧が高めの方に適する』保健用途の表示ができる特定保健用食品が許可されているが、その他の有効性については、情報の信頼性が高いとされる研究方法で検討した報告は見当たらない、もしくは現時点で十分ではない」
GABA摂取で血圧が下げると俗に言われているようだが、科学的に証明されていない。
「いちいち住民の要望を受け止めていたらきりがない」 京都・宮津市
さて、宮津市はどうか。
宮津市は、市内にゲノム編集トラフグを生産するリージョナルフィッシュ社の工場があり、ゲノム編集トラフグをふるさと納税返礼品に採用している。ゲノム編集に積極的な市だ。
ゲノム編集トラフグに対して、食の安全性に疑問を持ち、環境への悪影響を危惧する市民らがグループをつくり、これまで市に要望や質問を繰り返し行っている。そこに、今度はゲノム編集トマトの苗の無償配布問題だ。
宮津の市民グループは北海道と同様、市に対してゲノム編集トマトの苗を受け取らないよう要望し、受け取るのかどうかの質問を行った。
市役所に出向き要望書を提出した、矢野めぐみさんに聞いた。どうして要望書を提出したのか。
「ゲノム編集食品について、すごく危惧を抱いています。ゲノム編集トマトの苗を障がい者施設や小学校に配るということは、それを選択できない相手に配ることです。許せなかった。なんとかして配布を止めたいと思っています。だから、福祉施設と小学校を管轄する市に要望書を提出しました」
さらにこう訴える。
「福祉施設や学校に苗が届いてゲノム編集トマトが出来たら、子どもたちや障がい者たちが食べるのを拒否できますか!これは暴力です」
安全性だけではないと矢野さんはいう。
「ゲノム編集トマトの苗から花粉が飛んで、従来のトマトと交雑して、知らない間にゲノム編集になってしまう、こういう恐れもあります」
トマトの花粉の寿命は3、4日とされていて、風速1メートルで250キロ先まで飛ぶと言われている。また、トマトは一つの花の中におしべとめしべがある自家受粉の植物だが、自家受粉と他家受粉との境目はないという見解がある。
この要望に対して、市はどう対応したのか。
「住民個人の要望をいちいち受け止めていたらきりがない」
これが市の回答だという。さらに、矢野さんがこういう。
「市は市民に会うことは会うのですが、シャッターを閉める感じです」
矢野さんはこれで引き下がらない。市の経済産業部長に直接、質問、部長はこう回答した。
「市は、福祉施設に関して、ほとんど福祉会に業務委託しています。市が業務委託先に対して、物を言うことはできません」
さらに矢野さんが聞く。
「市が要請や指導などはできないのですか」
これに対して経済産業部長はこう返した。
「市が業務委託先に要請や指導を言えば、市に忖度する。だから要請や指導はできません」
市の教育委員会にも要望書を提出。教育委員会の対応はどうだったのか。
「全く反応がない表情でした。鉄仮面のようでした。要望書を受け取りましたが、それに対する質問もありませんでした。いまだに、回答はありません」
矢野さんはこう振り返る。
「いちいち市民の言うことを聞いていたらきりがない、この言葉が耳に残っています」
同様のケースがあった。日本消費者連盟が今年1月、宮津市にゲノム編集トラフグをふるさと納税返礼品に選んだ理由やゲノム編集技術には多くの問題があることを知っているかなどを聞く質問状を送った。日本消費者連盟はおよそ50年間、消費者問題に取り組んいる団体。市の回答が日本消費者連盟のHPに次のように書かれている。
「ふるさと納税の担当者は、『今回の質問には回答しません』と回答し、なぜ回答がないのかの質問には、『すべての質問には答えられない』と答えた。この担当者によると日本消費者連盟以外からも質問や要望が届いているようだ」
矢野さんは、宮津市の近隣の市町にも要望書を持参して、提出した。
「京丹後市は要望書を受け取り、『当該企業から連絡がないため判断できません』ということでした。与謝野町も京丹後市と同様の対応でした。伊根町は『福祉施設や小学校に判断を任せます』と回答しました」
矢野さんはこれらの市町に共通する印象を持ったという。
「ゲノム編集食品について、自治体側は『なんですか、これ?』という感じで、私がゲノム編集食品の説明をしました。何も知識がないということがわかりました」
宮津市はゲノム編集トラフグをふるさと納税返礼品に採用している。このことを踏まえて矢野さんは市の担当者に問う。
「宮津市は事業者から見れば、ゲノム編集食品を受け入れやすい自治体だと思われて、今後狙われることもあり得るのではないですか?」
これに対して、市の担当者はこう反応したという。
「ワハハと笑っていました」
現時点で、ゲノム編集食品はトマト、トラフグ、鯛の3種類が生産されているが、それ以外の野菜や魚などで研究が進んでいる。
宮津市民が開催した上映会「食を安全を守る人々」
7月下旬、宮津の市民グループはドキュメンタリー映画「食の安全を守る人々」の自主上映会を開催した。「農薬の大幅規制緩和、ゲノム編集食品の流通―わたしたちのカラダや食の未来は?メディアが伝えない食の裏側に迫るドキュメンタリー」。3日間で4回の上映をし、合わせておよそ200人が鑑賞した。映画の後半、千葉県いすみ市の学校給食有機米100%実現を支援した、稲葉光圀さんが登場する。稲葉さんは「食を守る人たち」の一人、こう語る。
「大人が考える大事なことは儲けじゃないですよ。子どもたちの未来ですよ」
8月下旬、わたし(筆者)は、宮津で遊漁船と宿を経営する友人に誘われ、キス釣りをした。大阪の男性が小学生の息子さん2人を連れてやってきて、一緒に乗船。釣果は上々だった。釣ったキスを友人のお宿でいただくが、うろこを取る下ごしらえは、小学生2人と私が担当。子どもたちにとって、自分で魚を釣り、自分でうろこをとって、そして料理された魚を食べる。食を学ぶいい機会になったのではないだろうか。そして、いい夏休みになったと思う。友人が後日、感想をSNSに書いている。
「兄弟で頑張って捌いたキスをご希望の唐揚げで美味しそうに食べてくれると船長もとっても嬉しい瞬間です」
子どもたちが喜べば、大人も嬉しい。
矢野めぐみさんや友人は「食の安全を守る人々」。そして、子どもたちに宮津の食を引き継ごうとしている。ゲノム編集問題への取り組みが続く。矢野さんは宮津市との交渉を終え、市役所を離れる際、担当者にこう言った。
「私たちはあきらめませんよ」
○ぶんや・よしと 1987年MBS入社。2021年2月早期退職。 ラジオ制作部、ラジオ報道部、コンプライアンス室などに在籍。 ラジオ報道部時代、福島原発事故発生当時、 小出裕章さんが連日出演した「たねまきジャーナル」の初代プロデューサー
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