戦争の抑止力としての「ホロコースト・ドキュメンタリー」―『メンゲレと私』を観て 園崎明夫

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<イントロダクション>

本作は戦争の真実を記録する映像プロジェクト「ホロコースト証言シリーズ」の最新作。ホロコーストを体験・目撃した本人の語りと、関連するアーカイブ映像で構成されている。

リトアニア出身のユダヤ人、ダニエル・ハノッホは9歳でカウナス郊外のゲットーに送られ、12歳でアウシュビッツ強制収容所に連行。ホロコーストで犠牲となったユダヤ人の子供たちは約150万人とされ、そのうちアウシュビッツに連行された子供は推定21万6千人。ほとんどの子供は収容所到着後に殺され、1945年1月にソ連軍による解放の際、生存していた子供はわずか451人であったという。アウシュビッツで子供たちの生死を選別し、非人道的な人体実験を繰り返していたヨーゼフ・メンゲレ医師の特別待遇で、ダニエルは奇跡的に生き延びる。

ナチスは、終戦末期に連合軍の攻勢から逃れるため、囚人たちを各地の収容所に強制移動させた。「死の行進」とも呼ばれるその過酷な体験で、少年はさらに凄まじいナチスの残虐行為を目撃することになる。辿り着いたマウトハウゼン強制収容所が、5月にアメリカ軍によって解放されたとき、ダニエルは13歳になっていた。戦後、ダニエル・ハノッホはテルアビブを拠点に、自らの戦争体験を語り継ぐ活動に尽力している。

<感想>

「戦争体験者がいなくなる時、新たな戦争が準備される」と語る人は少なくありません。戦争の体験とそれを次世代に伝えることが、戦争の大きな抑止力になっているのは実感としても理解できます。ならば、どのように伝えるのか、どのように受け止めるのかが、とても大切なことです。それゆえ、『メンゲレと私』を観た私の個人的感想は、きわめてシンプルなものです。

「ダニエル・ハノッホがキャメラの前で語ったことと監督が挿入したアーカイブ映像を観た人が、他の誰かにこの映画の話をすること、その話を聞いた誰かも映画を観てくれて二人で会話をすること、そして他の誰かにもまた『メンゲレと私』の話をしてほしい」ということです。

20世紀には、戦争に関する膨大なアーカイブ映像が残されていて、映画作品として再構築され、公開されているものも少なくありません。ウクライナのセルゲイ・ロズニツァ監督が発表し続けている作品群も、その見事な達成のひとつでしょう。また、多くのすぐれた戦争文学も世界各国で書かれました。たしか小林秀雄が「すぐれた戦争文学は、戦争を体験したものにしか書けない」と言っていましたが、おそらくその通りでしょう。

「戦争を体験せず、新たな戦争を準備しない」ために、戦場やホロコーストの記録映像・証言、あるいは戦争文学をできる限り観て聴いて読んで、心に留め、自分の頭で考え、様々な想像を巡らし、映像に映り文章に刻まれた犠牲者たちひとりひとりの「個人の人生」に想いを馳せること、そして「戦争と平和」について人と話すこと、そういうことがとても大切なことだと感じます。

『メンゲレと私』のなかで、マウトハウゼン強制収容所の映像に映るやせ衰えた子供たちの姿をみて、映画『福田村事件』の最後に生き残った少年が、「みんな名前があったんだ!」と叫び、虐殺された仲間の名前をひとりひとり呼ぶシーンが重なりました。

●そのざき あきお(毎日新聞大阪開発エグゼクティブ・プロデューサー)

〇公開情報

12月3日より東京都写真美術館ホールにて、関西では12月9日より大阪・第七藝術劇場、沖縄では同じく12月9日より桜坂劇場にて公開。以後、全国順次公開、詳しくは下記の公式サイトをご覧ください。

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