福島の有機の里で⑧農閑期がない平地の有機農家

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保管すると甘みが増す白菜

 阿武隈山地の布沢集落の朝は、道路の雪があちこちでカチンコチンに凍っていたが、阿武隈川沿いにひろがる盆地の二本松市街までくだると雪はほぼ消えた。正面にそびえる安達太良山の乳首のような頂上は真っ白。雪があると存在感を増して神々しい。
 大内信一さんと督さん父子にとっては冬も「農閑期」ではない。大根や白菜、人参、小松菜、ホウレンソウ、里芋、長芋、玉ねぎなどを出荷しつづけている。
 大根は畑のなかに埋めたまま保管し、必要に応じてほりだす。
 白菜はネズミにくわれないようにトタンでかこい、藁につつみ、上から不織布をかけて保管する。そうして保存した白菜は収穫直後よりも甘みが増しておいしくなる。

 ほうれん草などは、雪が降る前に雪がくっつかないようにビニールをかける。でも真冬でも日差しがきついと焼けてしまうから時々ビニールをはずさなければならない。

大根のキャッチボール

 3月1日の朝、大内さん宅をたずねると、家の裏から不思議なかけ声がきこえてきた。
「大根なげて!」
「ハイ!」
「人参もちょうだい!」
「ハイ!」
 いったいなんのかけ声だろう?
 よくみると、ビニールハウスの上を黒いロープをむすんだ大根と人参が飛びかっている。
 ビニールシートを骨組みに固定するロープを往復させているのだ。督さんは笑いながら解説する。
「金属や木材ではかたくて危ないから。大根や人参がちょうどいいんです」
 さらに人参よりも大根が望ましい。大内さんの人参はずっしりとかたくて、頭にあたるとけっこういたい。大根は水分がぬけてしなびているからあたってもいたくない。


 1時間でハウスのビニールシートの交換作業が終わった。ビニールは紫外線で劣化するから1年半ほどで交換しなければならない。
 このハウスには11月に収穫した里芋を籾殻といっしょに埋めてある。
 春には掘りだして、種芋として畑にうえる。
 ハウスではその後、育苗箱に種もみをまいて稲の苗をそだてる。

発酵熱利用の温床で苗づくり

 別のハウスでは、ブロッコリーやキャベツ、レタス、トマトの苗をそだてている。
 ハウスといえど夜は冷えこむ。電熱温床で温度をたもつこともできるが、電気料金がばかにならない。大内さんは、わらや鶏糞、米ぬか、落葉などをつんで、それらが発酵する熱を利用する「踏み込み温床」と電熱をくみあわせている。保温につかったわらや鶏糞は、苗づくりの後につみあげておけば堆肥になる。
 2月に種をまいたキャベツは6月に収穫する。その間はほとんど虫にやられない。一方、7月にまくキャベツは虫対策が大変だという。

自家採種が難しいアブラナ科の野菜

 次は大根の種まきだ。
 信一さんが一直線にあるいて足跡をつけ、足跡の先端と後端に2粒ずつ種をまく。種まきの間隔を均等にする工夫だ。
 種苗会社の種子はあざやかなピンク色に着色されている。これなら種をまいた場所がすぐわかる。
 まき終えると、信一さんが足でざっと土をかけ、保温して発芽をうながすため不織布でおおう。ビニールシートをつかっていたころは、温度が上がりすぎないよう、日差しが強いときはシートの一部をはがす必要があった。不織布は適度に通気性があるからその手間がはぶける。
 大内さん宅は、豆類や小麦、里芋は自家採種しているが、大根や白菜、カブ、小松菜などは市販の種子を買っている。
 これらはアブラナ科に属しており、同じ時期に花が咲き、交配してしまうからだ。交配した種子をまくと、どれもからし菜のような辛味がでてしまうという。

褐色の土のなかから人参がザックザク

 大根の種まきが終わると、人参畑に移動した。
 11月に青々としていた畑は、今は焦げ茶色の地面があらわになっている。
「このへん掘ってみて」
 信一さんに言われて鍬で土をかえすと、ペットボトルほどもある人参がザクザクでてきた。
 11月よりもひとまわりもふたまわりも大きくそだっている。その甘さは、野菜というよりフルーツだ。
 この畑は、研修生の大島慶子さん(1994年生まれ)が担当している。夏場の雑草抜きが重労働だったが、収穫も大変だ。5人で1時間作業しても全体の1割程度しか掘れなかった。
「ひとりだと孤独な作業でつらいけど、人が多いとおしゃべりもできて早くて、ありがたいです」
 3月半ばまでにすべて掘りだし、その後は緑肥のエンバクをまく。それをすきこんで夏になったらまた人参の種をまくという。

冬に甘くなるほうれん草 苦くなる小松菜

 大内さん宅の昼ごはんは冬野菜の見本市だ。
 保存食の芋がらは、大根と人参、コンニャクといっしょに炒めてから煮物にしている。
 小松菜の仲間で、福島特産の「信夫菜(しのぶな)」は独特の苦みがある。ほうれん草は冬場に甘みが出るが、小松菜の仲間は苦みや辛みがでる。その苦みをやわらげるためにさっとゆでて辛子醤油で和えている。
 いかにんじんは、福島の冬の料理の定番だ。正月の食卓にも欠かせない。
 スルメイカのうまみが、しゃりしゃりした歯ざわりの甘い人参にからまっておいしい。
 松前漬けににている、とおもったら、北海道の松前藩が1807年に伊達市周辺に国替えになった際「いかにんじん」をおぼえ、1821年に北海道にもどって松前漬けをつくらせたという説もあるそうだ。

いかにんじん

▽材料(3食分)
・人参 2本
・スルメイカ 2枚程度(人参の1/3の量)
・昆布(なくても可) イカの半分
★しょうゆ 大さじ4
★酒 大さじ4
★砂糖 大さじ2

▽作り方
①スルメをハサミでなるべく細く切る。かたいときは湯にひたしておく。
②人参は千切りにしてボウルへ。
③昆布は水に1時間ひたしてやわらかくしてから細切り。
④ ★を沸騰させ、ボウルの人参にかける。
⑤スルメイカと昆布といれてあえる。翌日から食べられ、7日ほど保存できる。

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