連載– category –
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能登2011-24
能登復興の「物語」を 藤平朝雄さん②
青年国司・大伴家持の能登巡検 能登復興のキーワードのひとつは、748年の大友家持の能登巡検です。私はこの十数年、家持をおいかけてきました。 家持は746年、... -
能登2011-24
御陣乗太鼓 避難先でも打ちつづけた
輪島市名舟町の「名舟大祭」は、7月31日夜、山の上の白山神社にキリコ5基があつまり、神輿とともにくだる。 2011年 神輿を舟にのせて海上の鳥居の下まで移動し... -
能登2011-24
御陣乗太鼓は「先がけ太鼓」 復興における祭りの意義は? 藤平朝雄さん①
祭りの復活はムラの復興をしめす。祭りこそはムラの人たちが長年自分たちの力で自主的にいとなんできた「節目」だからだ。2026年8月の名舟大祭の翌日、能登の祭... -
福島の有機の里で
原発事故 避難指示で分断「半殺し」の里をすくった菜の花
2023年春、荒波が打ちよせる太平洋から1キロほど内陸へ歩くと、広大な田んぼがまだら模様に黄色に染まり、花から花へチョウがとびかっている。福島第一原発事故によ... -
福島の有機の里で
原発事故 11年間 時が止まったムラ 浪江・津島
浪江町・津島地区は飯舘村の南に接し、福島第一原発から約30キロに位置する。飯舘村で震災以来放射線を測定しつづけている伊藤延由さん(1943年生まれ)によると... -
福島の有機の里で
原発事故で全村避難6年、飯舘村の再生の壁
阿武隈山地のまんなかにある福島県飯舘村は南端の一部をのぞいて福島第一原発から30キロ圏内ではない。だが南東からの風でながれてきた放射能の雲によって高濃度に... -
大阪読売新聞その興亡
大阪のメディアを考える「大阪読売新聞 その興亡」90 編集委員編① 安富信
人と防災未来センターでの1年間の調査研究員での生活が終わった2006年7月、読売新聞大阪本社に戻った。憧れの災害担当編集委員として。 記者のなれの果て この編集... -
大阪読売新聞その興亡
大阪のメディアを考える「大阪読売新聞 その興亡」89 人と防災未来センター編⑤ 安富信
本当に随分、サボってしまった。昨年8月20日で連載が止まっている。 またもや言い訳になるが、この3月、12年間教鞭をとっていた神戸学院大学現代社会学部社会防災学... -
能登2011-24
穴水・曽良の千手院で「左義長」復活
穴水町曽良の海臨山千手院で2月15日、初の「左義長」がもよおされた。 左義長とは、地域によってはどんど(とんど)焼きともよばれ、小正月を中心におこなわれる... -
能登2011-24
よそ者・若者・ばか者と「楽園」づくり 「金蔵学校」再始動
輪島市町野町の山あいにある金蔵集落はかつて「限界集落のトップランナー」と評されていた。2024年元日の能登半島地震後は、集落外に避難している人たちに情報を...
