非正規労働と労働組合を考える 水野晶子さんの「ヒセイキの風景」朗読と「私が正社員になるまで」トークライブ  文箭祥人

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働く人の4割が非正規労働者。その数は全国で2,075万人(2021年、厚生労働白書)。物価が上昇するなか低賃金が続いている、生活が苦しい、雇用が不安定だ、キャリアアップが望めない、さらに少子化問題は非正規労働問題とつながっている、という声がある。今月29日、大阪市内で<非正規労働者と労働組合>をテーマにした集会が開かれる。

第1部は「ドキュメンタリー朗読『ヒセイキの風景』。朗読はフリーアナウンサーの水野晶子さん。2015年、元アルバイト職員の女性が正職員との待遇格差は違法だと裁判を起こす。5年後、最高裁はこの訴えを退けた。正職員とほとんど同じ業務をしていたにもかかわらず、この女性にはボーナスがなく、手当も有給休暇もなかった。この女性の闘いを水野さんが取材し台本を書き、自ら「ドキュメンタリー朗読」として上演する。

第2部は、水野さんのトークライブ「私が正社員になるまで」。水野さんは元MBSアナウンサー。大学卒業後、毎日放送の非正規契約アナウンサーとして勤務。1985年、男女雇用機会均等法が施行され、会社から「正社員で採用しないといけないから、君との来年度の契約は更新しません」と言われる。その後、労働組合のサポートを受け、自身も毎日ビラを書き、正社員化の運動を行う。長年の運動が実り、正社員となる。2006年、ギャラクシー賞ラジオ部門DJパーソナリティ賞を、2008年、日本女性放送者懇談会の放送ウーマン賞をそれぞれ受賞。現在、フリーアナウンサー・朗読家として活動。

集会の主催は民主法律協会・派遣問題研究会。1956年、平和憲法を擁護し、労働者と勤労者の権利擁護と民主主義の前進を目的として結成された。弁護士・学者・研究者ほか約350人、労働組合・市民団体約150団体を擁する団体。法律家と労働者・労働組合、市民団体が手を携えて活動する組織形態は全国的にも珍しいと言われている。

主催者は、「「ヒセイキ」のたたかいと組合の役割について、みなさんとともに考える企画です」と参加を呼びかけている。

目次

労働者の「権利を確立する」 労働組合の役割

主催者団体の村田浩治弁護士に非正規労働、労働組合について話を聞いた。村田さんの話はリーマンショックの派遣切りが横行した時代に遡る。

15年前の2008年、リーマンショックが発生。派遣労働者の契約中途解除、契約打ち切りが相次いだ。「派遣切り」だ。大きな社会問題となった。

村田弁護士

「「派遣切り」が横行したリーマンショックの直後の2009年、「非正規労働者の権利実現全国会議」という組織を立ち上げました」

この団体は、派遣労働者の雇用と暮らしの質を高め、権利の実現に貢献することを目的として、研究者・法律実務家らが中心になって活動を続けている。

「「派遣切り」の裁判が各地で起こりました。きっかけは、私がやっていた松下プラズマディスプレイ事件です。この松下の工場で違法な偽装請負が横行していたと告発した労働者が裁判を起こします。1審は敗訴、2008年の2審で逆転勝訴。これがきっかけとなって、全国でおよそ60件の偽装請負の告発があり、裁判が起こりました。ところが2009年、最高裁で逆転敗訴。一斉に下級審で最高裁判決に右へならえの判決がでて、結局60件の裁判はほぼ全敗。非正規の活動がしぼんだという経緯があります」

「派遣切り」後、労働法の改正が行われた。

「ただ、「派遣切り」がきっかけでできた民主党政権の時、いくつかの労働法の改正がありました。一つは、「無期転換権」です。有期労働契約が繰り返し更新されて通算5年を超えたとき、期間の定めのない労働契約に転換できる、という制度。それから、「均等・均衡処遇」。有期雇用・パート・派遣労働であることを理由に正社員と不合理な差を設けてはならないという規定。また、派遣労働でいえば、派遣法違反の場合には派遣先会社が労働者を直接雇用する意思を示したとみなすという規定ができました。こうした政治の動きで労働者保護の規定がこの5年ぐらいの間で施行されました」

リーマンショックの時の「派遣切り」を振り返って、村田弁護士はこう話す。

「リーマンショックの時、多くの非正規の人たちが労働組合に入り、非正規の人たちの声が労働組合の政策に反映されました。しかし、今、非正規の人たちはあきらめている人が多いのか、労働組合の入らず、非正規の問題がなかなか、労働組合の政策に反映されないところがあります。ネットで非正規の人たちはつながっていますが、愚痴を言うような感じです。それがもどかしいと感じます。労働組合が大事だ、そういう企画をやろうと思います」

さらに、当時、非正規労働者の「権利を確立する」議論が足りなかったと指摘する。

「リーマンショックの時、非正規労働者に対して、生活を保障したり、次の職につなげるセーフティーネットの議論ばかりがあって、権利をきちんとつくるというのが、どんなに大事かという話になりませんでした。あくまで、非正規労働者を雇用調整のためにおいておくという前提がありました。「セーフティーネット論」が横行して、「権利論」がきちんと議論されなかったという印象をずっと持っています。それは、「権利を確立する」という労働組合の存在が軽視されてきたことにあると思います。当時の報道についても同じことが言えると思います」

自分たちの権利向上のため、分断ではなく連帯を

コロナ感染拡大で、「派遣切り」が多くあったが、リーマンショックの時のような状況にはない。非正規労働者はどう思っているのか、村田弁護士がこう話す。

「コロナで「派遣切り」も結構ありました。リーマンショックの時のような闘いには全然、なっていません。派遣の人たちは、どっち道、派遣を切られるなあと思っているので、立ち上がらないのでしょう。日頃から契約打ち切りなどをやられているから、たまたまコロナがきっかけでおこったかなあという程度の受け止めだと思います。使用者の横暴を正すような動きがあまりなかったです」

非正規労働者はどうして労働組合に入らないのだろうか、村田弁護士の話。

「非正規労働者に労働組合を使おうという発想があまりないのかなあという気がします。ネットでつながっているけど、労働組合はなんとなく、自分が別のところに連れて行かれそうな感じを持っていて、助けるくれるという感じを持っていないのかなあと思います。それは経験がないからだと思います。労働組合に加入したとか、裁判を起こして権利を勝ち取ったとか、そういう体験がないと、なかなか動かないのかなあと思います。だから、声を拾い上げて、つないでいくしかないのかなと思います」

「労働組合に入っている正社員は既得権益がある、そういう発想があるのではないかと思います。非正規の人たちは、自分たちは全然、権利がないように感じているのではないでしょうか。非正規労働者にも当然、権利はあります、それを行使していないだけなんだけど。分断されていて、一緒に働いている仲間だという意識がないんでしょうね。勝ち組と負け組。自分は試験を通った正社員だから勝ち組で、あの人たちは通っていない人たちだから差があっても仕方がないという発想がどうしてもあるのかなと最近、感じています」

労働組合について、村田弁護士はこう話す。

「私は、ずっと派遣労働の問題に取り組んでいます。派遣労働者を直接雇用していない人間が好き勝手に、派遣労働者を使っています。ある意味、派遣労働者は権利が保障されていない最たる人たちです。日本の労働組合は、派遣労働に対する理解があまりありません。派遣労働者を保護するために闘う発想がなく、労働組合が非正規の闘いをしたとしても正社員の権利獲得につながらないということがあって、なかなか非正規の問題を取り組みません」

「裁判は負けるリスクがあります。労働組合も勝てるか負けるかわからない事件にそんなに本腰を入れて取り組めないとか、取り組んでもあまり勢いが強まらず世論を喚起するような動きにならない、そういうもどかしさを感じます」

闘わないと、どうなるのか。

「どんどん、権利は目減りしていくし、後退します。改めて、きちんと闘いましょうと言いたい。正社員と非正規の人たちの分断ではなくて、お互い働いているものとして、連帯することが大事です。そうすることで、自分たちの権利も向上するんだという動きをつくらないといけないと思います」

「改めて、労働組合の役割とは何か、権利闘争することがいかに大変なことかを見直さないといけないのではないか、という問題意識があります。それで、水野晶子さんが非正規から正規になった体験を話してもらおうと企画しました」

管理職になって労働組合脱退、これはおかしな話!

労働組合から脱退することに関して、村田弁護士はある相談を受ける。

「最近の相談です。30歳になり管理職になったから自然に労働組合を脱退する、という話を聞きました。これはおかしな話です。組合員の資格は会社が決めることですか。経営者と同等の立場になれば、組合を脱退しなくてはいけません。そうでなければ、組合にそのまま残ればいいんです。35歳ぐらいになれば全員、労働組合を辞める、そういう会社があります。「それはおかしい」と指摘しました。この労働組合の話題は、50歳定年の時代の名残で55歳になれば給与が減る、そういう規定がいまだにあって、それを何とか変えたいということでした。組合員は20代や30代ばかりで55歳になるまで相当年月があって、議題にならないということでした。だから、「管理職になって組合を辞めさせるのが問題で、組合に残ればいい」とアドバイスしました。問題意識があまりないですね。組合に入っていることの意味であるとか、組合で闘うことの意味であるとか、そういうことがあまり意識されていないのかなあと思いました」

労働組合法

第二条 この法律で「労働組合」とは、労働者が主体となつて自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体又はその連合団体をいう。但し、左の各号の一に該当するものは、この限りでない。

一 役員、雇入解雇昇進又は異動に関して直接の権限を持つ監督的地位にある労働者、使用者の労働関係についての計画と方針とに関する機密の事項に接し、そのためにその職務上の義務と責任とが当該労働組合の組合員としての誠意と責任とに直接にてい触する監督的地位にある労働者その他使用者の利益を代表する者の参加を許すもの

「労働組合の中で、「権利を確立」するという発想がもっとあってしかるべきだと思います。日本の会社は、労働組合は若い時に入って、それから組合の幹部を務めた人が会社の経営を担っていく、そういうような感じがずっと、あるから、組合を抜けるのは当たり前になっていると思います。労働組合は正社員、非正規すべての労働者の利益のための団体ですから、むしろ、中堅の人も組合に入って、経営に口出しできる存在でなければならないと思います。こういう状況になっているのは、企業別組合の弊害かもしれません」

昔も今も労働組合加入に壁がある。

「水野さんと話をしていて、改めて思いましたけど、労働組合に入れば嫌がらせを受けてびびって入らない、これは昔も今も同じなんだと。昔はよかったと言うけれど、結局、当事者ががんばらないといけないのは今も同じだと思います。水野さんががんばってよかったという成功経験を広げないと、がんばる気にならないと思います」

日本独特の「同一労働同一賃金」

非正規労働者は、どんな社会的状況におかれているのか。

非正規労働に関する労働法が改正されたとすでに記したが、これらの法律にも問題があると村田弁護士は指摘する。

「2020年、「均等・均衡処遇」という法律が施行されました。有期雇用の人も、派遣労働者も、パート労働者も対象です。「同一価値労働同一賃金」は日本にはないと言われていて、「均等・均衡処遇」という言い方で、独特な制度をつくっています。「均等・均衡処遇」は非正規労働者が正社員と同じ仕事をしていて待遇に差があっても、例えば、会社側が責任の程度が違うという言い方をして、差をつけることが説明できれば問題ないというような制度になっています。厚労省は意識的に「同一労働同一賃金」と言っていますけれど、世界的な「同一労働同一賃金」とは全然違います。ヨーロッパでは、女性ばかりの職場で行っている仕事と男性ばかりの職場で行っている仕事との価値を比べて、価値が同一であれば、同一の賃金を支給せよ、と議論ができるんです」

さらに、「無期転換権」についての指摘。

「有期労働契約が繰り返し更新されて通算5年を超えたとき、期間の定めのない労働契約に転換できるルールですが、5年という上限ができたから、5年が経たないうちに切られる、こういうことが起こっています」

「無期転換したら賃金は有期労働の時のままです。一年契約・昇給なし、と契約書に書かれているケースが多いんです。この場合、無期転換すると、昇給なしが定年まで続くことになります。これもおかしな話です」

最後に、違法派遣に対する「みなし規定」に関して。

「裁判で闘っている事件がいくつかあります。最高裁で確定したのは、東証1部上場の床材メーカーの東リ伊丹工場事件。派遣会社の元営業マンがつくった会社が東リの請負会社で、社長のパワハラをきっかけに労働組合ができました。ところが、偽装請負ではないかという話になり、労働組合の役員が相談に来て、東リに対する裁判に方向転換しました。東リは先手を打って、その請負を止めて、東京の派遣会社を連れてきて、請負契約を派遣契約に変えて、請負会社の従業員全員を引き受けました。しかし、組合員5人だけが採用を拒否され、裁判になりました。2022年に最高裁で高裁判決が確定して、偽装請負だと認定され、労働者派遣法の直接雇用の申し込みみなし規定に基づき、直接労働契約の成立が認められました。今のところ、みなし規定で勝ったのは、この事件だけです。私の知る限りでは、同様の裁判が8件ありますが、みなし規定を適用せずに負けています。裁判所がかつてのように労働者を救済する発想に立っていないと思います」

労働事件の裁判で和解の場合、口外禁止条項により成果があったとしても広く伝えられないケースがあるという。

「和解条項などで会社側が口外禁止条項を入れてくることがあります。事件のことをしゃべってはいけないということです。そうすると、労働者側に成果があったとしても、なかなかそれを宣伝できない状況になります」

労働事件に関する報道が少ない気がしないだろうか。

「違法な派遣労働に対して、「これはおかしい」という声が上がって、それが報道されると状況が違ってくると思います。しかし、そういう報道もなかなかされていないと思います。労働裁判について、労働者側が勝訴しない限り、記事にならない感じがします。労働者側が負けて、会社側が勝った場合、その判決を批判するような記事があまりないと思います。会社を批判すると会社からのクレームを恐れているのでしょうか」

村田弁護士は、弁護士の世界も変わってきたという。

「企業向けに労務管理的な仕事で労働法を使う、そういうような弁護士が最近、増えています。しかし、労働法は労働者のための法律です。非正規の方には労働弁護士を頼って、どんどん仕事をさせてほしい」

●「ドキュメンタリー朗読「ヒセイキの風景」&水野晶子さんトークライブ~ヒセイキのたたかいと労働組合」の案内・申し込みは次のURLにあります。申し込みは5月22日までです。

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〇ぶんや・よしと  1987年MBS入社。2021年2月早期退職。 ラジオ制作部、ラジオ報道部、コンプライアンス室などに在籍。 福島原発事故発生当時、 小出裕章さんが連日出演した「たねまきジャーナル」の初代プロデューサー

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