ドキュメンタリー映画「うつろいの時をまとう」トークイベント 文箭祥人(編集担当)

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4月22日、大阪・十三の第七藝術劇場で、ドキュメンタリー映画「うつろいの時をまとう」の上映が始まった。

目次

服飾デザイナーの創作の記録 ドキュメンタリー映画「うつろいの時をまとう」

服飾ブランドmatohuまとふ。デザイナー堀畑裕之と関口真希子の視点や哲学を通して、日常の中に潜む美や豊かさを再発見していくドキュメンタリー。

matohu 堀畑裕之さん、関口真希子さん ©GROUP GENDAI FILMS CO., LTD.

コンクリートの壁のしみ、日が昇る前の早朝に空を見上げた時に見える無数の色のグラデーション、冬枯れの中ビルの壁や歩道橋の階段に吹き寄せられた色とりどりの落葉たち……。matohuは、日常の身近な風景や物に目を向け、そこから得たインスピレーションを“ことば”に変えて服に昇華していく。たった一つの“ことば”を経て、形となって現れた服は、着る者たちの想像力をかきたてる。二人の創作から見えてくるのは、日本人が長い歴史の中で育んできた“ものの見方”であり、普段は見過ごしてしまいがちな美を見つける視点だ。

matohuには「纏う」という意味と、「待とう」という意味が込められている。服を纏うということに対する根源的な問いと、消費のスピードの早い時代に対して時間の熟成を待ちましょうという提案でもある。日本全国に点在する機屋や工房に注目し、資本主義原理の中で維持していくのが困難な職人の手仕事や伝統技術からテキスタイル(織物、布地)を作り、真の意味での持続可能性を目指す彼らのものづくりを5年の歳月をかけて丹念に追った。

上映初日、トークイベントが行われ、三宅流監督と染織家の吉岡更紗さんが登壇。その模様を報告します。

吉岡更紗さん(左)、三宅流監督

トークイベントは吉岡更紗さんの自己紹介から始まる。

「京都で200年ほど続いている染織工房でございます。「染司よしおか」が屋号で、私は六代目を継いでおります。この映画に、ろうけつ染めをされている方や織物をされている方、テキスタイルにまつわる方が出てらっしゃいますが、私どもは、植物で染織することが特徴となります」

三宅監督

「この映画を初めてご覧になって、感想などをお伺いできればと思います」

吉岡さん

「映画の冒頭、matohuのお二人が「かさね」のコレクションをつくっているシーンがありますが、そのシーンで、「かさね」の展示が出ています。私の父は「染司よしおか」の五代目で、2019年に亡くなり、回顧展が開かれました。「かさね色」を父もテーマにしていましたので、撮影をしていただいたのが、この作品に登場しているところです」

三宅監督

「matohuが「日本の眼」というテーマのコレクションをつくる中で、「かさね」が「日本の眼」を形作るはじまりでありつつ、一つの根幹であると思います。matohuがつくる「かさね」は、平安時代の「かさね色」から着想を得つつも、現代に合った服をつくろうとしていたんですが、どう表現しようかと悩んでいた時に、「染司よしおか」五代目の吉岡幸雄さんの回顧展があるということで撮影させていただきました」

平安時代、恋愛を成就するため「かさね」をまとう そして現代の「かさね」

吉岡さん

「「かさね」をもう少し、お話させてください。matohuのお二人とは、10年以上前に「染司よしおか」の工房にお越しになられました。その時、すでにmatohuさんのブランドがスタートしていて、いくつかのコレクションをされていました。「かさね」を深く掘り下げていく時に、工房に来られました。「かさね」は最近、よく聞く名前になりましたが、10年ほど前はみなさん、ご存じなかったと思います。この10年間で、東京オリンピックが開催されるとかで、日本はどういう国なんだろう、日本にどういうものがあるんだろう、とみなさんの関心が深まったかなあと私は感じています。日本の色、日本の伝統色は、他の国に比べてすごく多いということが一つあります。プラスアルファとして、「かさね色」に関心が非常に深まっているなあと感じています」

「matohuのお二人が工房に来られた時、悩まれていましたが、「かさね」について本などは残っているんですが、教科書みたいなものが残っているなあと感じられていたと思います。父はその時、「好きにしたらええねん」みたいなことを言っていました」

吉岡さんは平安時代の「かさね」について話す。

「平安時代の貴族は、自分をアピールするために、季節に咲く花や草木、風景を衣装に取り入れることをずっとしていたんです。どうしてこうしたのか、理由はいろいろあるんですが、結局は、恋愛を成就するためなんです。自分がこれだけ教養がある、自然の移り変わりに敏感でそれを自分の衣装に映すことができる、こうアピールするための「かさね」なんです」

その後、「かさね」は失われていく。吉岡さんの話が続く。

「いつしか、季節を衣装に映す必要がなくなっていき、失われてしまいます。ただ、江戸時代になって、平安時代の教養の深さがいいねというので、みなさんが勉強を始めて、「かさね色」はこういうものです、こういうようにするのが「かさね」です、そんな感じで教科書にようにしていったんです。この教科書にようなものを現代の私たちがみると、これはこれで決まり、みたいなふうに思ってしまうけれど、本来は、もっと楽しむ、おおらかに楽しむ、ところがあるんです。matohuのお二人が、現代の「かさね」をつくっている姿をこの映画で観て、すごく興味深かったです」

三宅監督

「matohuの特徴は、自然のものと現代の人工物とのある種、重なっているところに着目しているところにあるような気がします。平安時代に、当然、街のイルミネーションや車のテールランプはありません。matohuの現代の「かさね」をどういうふうに感じていますか」

©GROUP GENDAI FILMS CO., LTD.

吉岡さん

「私自身が何をみているかと言うと、工房の近くに観月橋があります。この橋を渡る時、川の流れであるとか、日の光は季節ごとにちょっと変わりますが、川面の光の様子をみたり、川岸にいろいろな木が植えられていますが、その木々が、冬から春にかけて一気に芽吹いて、その葉の色が変わっていくのを毎日、通勤の時にみています。なんとなく、自分の生活の中でみえる何か、それが自然のものであったり、建造物であったり、夕暮れの風景であったり、朝方の風景であったり、みなさん、それぞれご覧になっていると思います。その中で、自分の中で、「この色!」みたいなふうに思われているんだなあと思います。matohuのお二人もそうだと思います、興味深く拝見しました」

©GROUP GENDAI FILMS CO., LTD.

三宅監督

「定点観測というか…」

吉岡さん

「おもしろいですよね」

三宅監督

「同じ場所だけど、表情が変わるところに、おもしろさがあります。グランドキャニオンとかの絶景を求めるのではなくて、同じところをみているから、変化を感じたり、先取りできたり、そういうことがありますね」

吉岡さん

「そうですね。観月橋は昔、豊臣秀吉が月の宴をした場所です。私も工房からの帰り、定点観測して、月がどっちにでているか、写真を撮っているんです。平安時代の人とは違う、現代の私たちも何かの色をみているのかなあと感じます。現代はいろいろな素材があるので、特に建造物とか、平安時代になかった電車の中からみえる風景とか、いろいろな素材があるので、みるものがすごく多いので、その情報量をどこで自分に落とし込めるか、これが現代の人にとってたいへんかもしれませんけど、matohuさんは、自分の眼にはこういうふうにみえている、それがコレクションになって、伝わってくるのかと思いました」

三宅監督

「映画にでてくる俳人の大高翔さん、今、ロサンゼルスに暮らしているんですが、先日帰国された際、上映後のトークイベントに出ていただきました。同じ花をロスでみる時と日本でみる時では違って、日本だと季節を先取りするような意識が働くそうです。この花は今、つぼみで花が開く前の姿だなあと、前乗りして、察知するそうです。俳句についても、前乗りした表現はセンスがいいと聞き、おもしろかったです」

映画の最後にでているコレクション。桜を観る時期より少し早いタイミングで行われた。モデルが桜を手にして登場する。

吉岡さん

「かさね色と歌は一緒で、つながっているなあと思って、映画を観ていました。平安時代の人は男女が会うことがないので、御簾越しにしか会えない、どの方も遠くからのぞき見するぐらいな感じで、男女の恋愛が始まるんです。女性は、わざとちょっと衣を外に出して、季節にぴったりな衣装を着ている自分をアピールします。男性は歌をおくるんですね。歌をおくるんですけど、手紙に書いておくるんですけど、その手紙の紙も、季節に合っていないとセンスが悪い人になり、歌の中には季語がありますが、それもちょっと先取りか、オンタイムか、ちょっと先取りがいいんです。手紙に香りを閉じ込めるんですけど、香りもやっぱり、その季節に合うようなものをおくります。女性も返事をする時、同様に、でも、全く同じにしちゃうと、まねしみたいになっちゃうから、自分の工夫を入れます。その後、何回か、やり取りするんですけど、ちょっと、花の織り柄を添えたりとかするんですね。映画を観て、そういうのがつながっているような感じがしました」

吉岡更紗さん

話は桜の花のことに。

吉岡さん

「桜はおもしろいです。桜は咲いている期間が長くありませんが、平安時代は、桜のかさねの種類が多くて、いろいろな組み合わせがありました。桜にシンパシーを感じるのは平安以降です。それまでは梅がぴかいちだったと言われています。時代によって変わるんですね。絶対こうだという決まりがあるようでなくて、なんとなく無意識に、変わっているのがちょっと、おもしろいなあと思います」

三宅監督

「どうして平安時代に桜に変わったんですか」

吉岡さん

「梅は中国から来ているんです。今はソメイヨシノが町のあちこちに咲いていますが、昔はヤマザクラしかなくて、山に観に行くとか、わざわざ採りに行く人が多かったらしいです。桜になったのは、京都に都がきて神殿にたちばなと梅を植えていたんですけど、梅が枯れて、吉野の桜を持ってきて、そこから桜が珍重されるようになりました。花見は桜、これは平安以降なんです」

三宅監督

「それからずっとですね」

吉岡さん

「そうです。現代と違うのは、貴族はわざわざ花見に行く習慣がありませんでした。貴族の場合、出なくなったのは平安以降です」

三宅監督

「昔の人の方がアクティブだったということですね」

吉岡さん

「そうです。奈良時代は結構、顔合わせをしているんですけど、平安時代はなぜか、女性は閉じこもるようにして、出かける時もお輿に乗って、わざわざ裾だけ出して、出ていく、顔がメインじゃなかったこともあるかもしれません」

遣唐使を廃止したことがきっかけで、「かさね」がうまれる

三宅監督

「中国の話を聞いて、遣唐使が廃止されて柄物が入って来なくなったから、自分たちで単色の布を重ねて表現する、これがかさねが始まった理由ではないかと言われていましたが」

吉岡さん

「平安時代に遣唐使が廃止になるまで、中国は国力があって、基本的に日本の文化は中国の影響を受けていたんです。京都に都を移してしばらく、かさねの衣装はなくて、形もふわっとした曲線のもので、色とりどりのものが来ていたんです。遣唐使を廃止しようという理由はいろいろあるんですが、大きな唐という国は、国力がなくなって分散していったので、日本から時間と労力、人数をかけて唐に学びに行くほどではなくなったのが理由の一つです。かさねの起源はだれにもわかりませんが、きっかけは絶対、遣唐使を廃止したことです。それから、日本の着物の形は直線裁ちになりましたが、あまり変わっていません。帯の形や結び方や重ねる重ねない、は変わりました。その時代らしさが映されていく、おもしろいですね」

電気の光の中で、染め色のチェックは絶対にしない

三宅監督

「映画で描いている、「無地の美」、「ふきよせ」、「ほのか」、「かざり」、「なごり」…。この中で関心を引いたテーマはありますか」

吉岡さん

「ろうそくの火の光でみる「ほのか」のシーンに興味を持ちました。今、私たちは電気がある中で暮らしています。私も染めの仕事をしているので、色をチェックする時、やはり光の具合はすごく気にします。染めの色をみる時は必ず、外に出ます。太陽の光を借りてみます。この時、視覚はいろいろなものに影響されているのだなあと感じます。色のことを考えた時、色の見え方はどう共有するのか、と思います。同じ色に見えているかどうか、数字にできません。自分は自分でこの青色いいなあと思っているけど、他の人はもっと青く映っている可能性もあるかなあと考えるんです」

三宅監督

「かつての作品も電気の光の中ではちょっと違って見えるというのはあると思います。夜に灯の中で仕事をすることはありますか」

吉岡さん

「夜に染織をすることは絶対にありません。電気の光の力にたよってしまうと、次は自分の眼がそっちになるので。染める、色の仕事は絶対、朝から昼か夕方までと決めています」

1300年前の正倉院宝物が一番のお手本

映画に、織り機を使う若い男性が出てくる。

吉岡さん

「メキメキとお仕事してらっしゃる感じがして、すごいなあ、いいなあと思いました」

三宅監督

「アレンジワインダーという世界で数十台しかない機械です。この機械を動かすため、複雑な数式をつかうようですけれど、その理論を構築したのが宮本英紀さんです」

吉岡さん

「織り機の仕事は結構、むずかしくて、手織りでもむずかしいです。文様を織り出そうとすると、細かい分業になっていて、方眼紙を埋めていくような作業なんです。織りは機械化されてきましたが、その仕組みがパソコンの仕組みのスタートだと言われています。テキスタイルはその当時、最先端な仕事だったんだなあと感じます。新しい仕組みをちゃんとつくって、やり続ける若い世代がいらっしゃるのは、すごいことかなと思います」

英紀さんの父、宮本英治さんはブランドISSEY MIYAKEなど、革新的なテキスタイルをつくっている。

三宅監督

「宮本さんの技術は、例えば、正倉院の倉に残っている、かつてあったものがベースになっています。こういうかつての技術を今に生かしています。1980年代のファッションの世界はどちらかと言うと、自然の材料にかえっていくような時代でもありました。かつての技術や自然の材料が革新とつながるところは吉岡さんの仕事でもあるのかなあと聞いてみたいです」

吉岡さん

「基本的には、昔から残っているものが一番の手本です。自然の移り変わりもそうです。私たちも正倉院宝物が一番のお手本だと思っています。1300年前のものが倉の中にずっとあるのは世界に唯一なんです。他の国では、戦いがあって更地になって埋まってしまう、残せなかったからお墓の中に埋葬されているものが多いのです。倉の中なので、もちろん湿気もあるし、一部燃えたものもあるので、1300年の時を経ているので、全く当時と同じではないと思いますが、1300年前の人と同じ気持ちになれるという、現代に生きる私たちに絶対、何かしらの影響があると思います。今まで日本にたくさんのデザイナーがでていますが、そういうものに立ち戻る瞬間が必ず、あるのかなあと思います」

三宅監督

「映画にでてくる、ろうけつ染めの中井由希子さんも、奈良で育って、京都で染織を勉強していたんですけど、正倉院倉で1300年前のろうけつ染めをみて、奈良でろうけつ染めをやろうと決意されたそうです」

吉岡さん

「遣唐使の廃止のことを話しましたが、遣唐使廃止でろうが入らなくなって、日本では奈良時代しかやっていないですね。復活したのは多分、戦後だと思います」

三宅監督

「吉岡さんも正倉院に行くことはありますか」

吉岡さん

「倉の中に入っているものは1年に1回しかみることができません。私はどうしても染織品ばかりをみちゃいますが、今年はこれきた!と思って行っています。まだ、出てきてないものもたくさんあります。ほつれてしまったものもありますが、正倉院の事務所の方が、捨てずに拾って分類しています。そこから分かることもあります。ガラス越しでみるしかなくて、直に拝見することはなかなかできませんが、それでも、伝わってくることがたくさんあるので、必ず行きます」

●映画「うつろいの時をまとう」

映画『うつろいの時をまとう』
映画『うつろいの時をまとう』 matohuのドキュメンタリー映画『うつろいの時をまとう』の公式サイト

〇「染司よしおかに学ぶ はじめての植物染め」(著:吉岡更紗)

紫紅社
染司よしおかに学ぶ はじめての植物染[新装改訂版] 古から伝わる植物染めの技法により、美しい自然の色を表現する「染司よしおか」。道具や布選び、染めの基本・応用まで、写真とテキストでわかりやすく解説。

●ぶんや・よしと  1987年MBS入社。2021年2月早期退職。 ラジオ制作部、ラジオ報道部、コンプライアンス室などに在籍。 福島原発事故発生当時、 小出裕章さんが連日出演した「たねまきジャーナル」の初代プロデューサー

なお、冒頭の写真のコピーライツは ©GROUP GENDAI FILMS CO., LTD.

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