塚本晋也監督新作『ほかげ』~「悪夢」のごとき、現代の「戦争映画」 園崎明夫

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<イントロ>

世界中に熱狂的なファンを持ち、多くのクリエイターに影響を与えてきた、映画作家・塚本晋也。

2015年に公開した『野火』では、太平洋戦争末期のレイテ島で敗走する兵士たちの姿を、ショッキングな映像表現で描き、戦場の極限状況で変貌する人間たちの姿を通して、戦争の残酷さ、愚かさを訴えた。

本作は、その流れをくむ作品で、戦争が終わり、終戦直後の闇と混沌のなかを生きる人々の物語。

©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

<感想>

塚本晋也監督の映画を観ていると、どの作品も「観念的」だという印象を受けます。「想い」や「イメージ」や「願い」や「訴え」の強さが、ダイレクトに演出やキャメラワークに顕わに表現されているという印象。どこか「リアリズム」とは別の力学が働いているようです。

「観念映画」という言葉が可能なら、かつての『鉄男』や『六月の蛇』といった傑作は、まさに「観念映画」の素晴らしい達成と言いたいです。『野火』の場合でも、残酷描写が「過剰にグロテスク」「やり過ぎ」という批評もありましたが、あの作品は、大岡昇平の傑作小説の映画化なので、印象としてはむしろ「戦争のリアル」を描いたというより、小説「野火」に触発され、監督の中で内面化された「観念的戦争映画」だったのではと思います。

小説『野火』のラスト近く、精神病院で手記(当の小説)を書いている主人公は、「戦争を知らない人間は、半分は子供である」と書きます。様々な解釈のあった言葉ですが、素直に受け取れば、その後まさに「戦争を知らない子供たち」というフォークソングを唄った世代の、さらに、その子供や孫の世代が、世界各地で戦争が続く現代を生きています。

塚本監督の「観念映画」は、今を生きる人々に、どうか「戦争を知らない子供たち」のまま生きてほしいという「願い」であり「祈り」の映画なのだと思います。

©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

新作『ほかげ』は、塚本監督が製作、脚本、撮影、編集もされていて、監督の「観念」「想像力」全開の純粋な「個人映画」といってもいい作品でしょう。過剰な演出もやり過ぎな感じも、主要キャスト4人の圧倒的に濃い存在感とも相俟って、忘れがたい「戦争(終戦)映画」になっています。シンプルな物語ながら、どの登場人物の在り方もどこか非現実的で、それぞれの異常な日常行動や就寝中にうなされるシーンが頻出することもあって、まるで映画全体が「悪夢」のような、それでいて明快で美しい感触をもたらします。

冒頭の趣里の寝姿に始まる素晴らしい数ショットから、ラストの闇市で懸命に働く少年のアクションまで、美しく印象的な忘れがたいシーンが連続し、塚本監督の戦争に対する「観念」が凝縮した、「現代に戦争を描く」新しい傑作だと
思います。

©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

ちなみに個人的には、大岡昇平の「野火」を読んでから映画をご覧になると、より興味深い映画鑑賞になるのではないかと思います。

〇映画『ほかげ』 11月25日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開 配給:新日本映画社

映画「ほかげ」公式サイト
映画「ほかげ」公式サイト 映画「ほかげ」公式サイト。塚本晋也監督作品 趣里 森山未來 出演。2023年11月25日(土)ユーロスペースほか全国順次公開!

●そのざき あきお(毎日新聞大阪開発エグゼクティブ・プロデューサー)

冒頭の写真のコピーライツは©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

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