ルーマニアの巨星、クリスティアン・ムンジウ監督『ヨーロッパ新世紀』トークイベント 文箭祥人(編集担当)

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10月21日、大阪・十三の第七藝術劇場で映画『ヨーロッパ新世紀』上映後、トークイベントが行われた。登壇したのは、この映画を配給した活弁シネマ倶楽部の徐昊辰さん。その模様を報告します。

徐昊辰さん

『ヨーロッパ新世紀』

「ルーマニア・トランシルヴァニア地方の小さな村の諍いが、幾多の火種を抱えたヨーロッパの不穏な新世紀、分断された世界の今をあぶり出す、戦慄の社会派サスペンス」

第七藝術劇場のHPにこう紹介されている。

ルーマニアの巨星、クリスティアン・ムンジウ監督作品。第75回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作品。

トークイベントの司会は第七藝術劇場の小坂誠さん。

目次

世界で評価されているルーマニア映画

小坂さん

「この映画を配給しようと思ったきっかけからお話していただけますか」

徐さんの話は、まず、活弁シネマ倶楽部の説明から始まる。

「活弁シネマ倶楽部は2018年、ウェブでの映画広報番組の配信を始めました。この時、日本ではウェブで映画を語る番組の配信が少ないなあと思いました。私は中国出身で、中国は早い段階でデジタル時代に入っていて、例えば、観客の質問に答える番組がすでに配信されていました。そこで、映画評論家の人たちと番組「活弁シネマ倶楽部」を始めました。監督のインタビューは新聞や雑誌の記事の形で掲載されることが多くて、監督の生の声は、関東の映画館で舞台挨拶はたくさんありましたが、関東以外の地域ではなかなか行われなかったという状況がありました。監督に番組に出演してもらって、作品の魅力を解説できればと思って、活弁シネマ倶楽部では、これまで5年間で合計300本の番組を制作して、およそ200人の監督に出てもらいました」

どうして、映画の配給を始めたのか。

「カンヌ映画祭など海外の映画祭によく行っていて、映画祭で上映されているいい作品で日本でまだ上映されていない作品が多くあって、そういう作品が日本で上映できなかったら、もったいないと思いました。活弁シネマ倶楽部は映画の魅力を伝えて来ましたが、これからは、いい作品を探して、みなさんに紹介するという配給事業をしようと考えました。2021年後半に配給事業を始めて、2022年3月にマルタ映画の『ルッツ 海に生きる』を上映しました。これが第1弾です。今年は香港の若手監督がつくった『縁路はるばる』と『私のプリンス・エドワード』を上映しました。そして、『ヨーロッパ新世紀』が第4弾になります」

なぜ、映画『ヨーロッパ新世紀』を配給したのか。

「もともと、クリスティアン・ムンジウ監督の作品はものすごく好きで、この映画を昨年、海外の映画祭で観ました。ものすごくパワフルな映画で、しかも現代のテーマがたくさん描かれていて、日本社会の現状との共通点もいくつかあると感じました。配給できれば、有意義なことになると思いました。この作品で描かれているテーマの一つは、移民との共同生活です。私も中国出身で、10年間大阪で暮らして今は東京ですが、移民として15年間、日本にいます。グローバル社会が進んだことによって、移民自体も、日本でも激しい変化が起こって、この映画の中のことは日本でも起きているのではないかと思います。是非、日本のみなさんに紹介できたらいいなあと思っています」

小坂さん

「ルーマニア映画について、ピンとこない人もいると思います。現状はどういうものですか」

徐さん

「実は、ルーマニア映画はこの15年間、ものすごく世界で評価されています。『ヨーロッパン新世紀』のクリスティアン・ムンジウ監督が2007年に発表した、2作品目の『4か月、3週と2日』はカンヌ国際映画祭パルムドール賞を受賞しました。この年のカンヌではさらに、クリスティアン・ネメスク監督の『カリフォルニア・ドリーミング』がある視点部門でグランプリを受賞しました。カンヌ国際映画祭の2つの部門で大賞をルーマニア映画が獲得したのです。批評家たちは「ルーマニア・ニューウェーブ」の到来を宣言しました。その後、「ルーマニア・ニューウェーブ」作品は世界各国の映画祭で続々、受賞します」

映画のパンフレットから受賞作品を紹介。

2009年 コルネリウ・ポルンボイウ監督『Police,Adjective』 カンヌ国際映画祭・ある視点部門 審査員賞受賞

2010年 フローリン・サーバン監督『俺の笛を聞け』 ベルリン国際映画祭・審査員大賞(銀熊賞)受賞

2012年 クリスティアン・ムンジウ監督『汚れなき祈り』 カンヌ国際映画祭 脚本賞と女優賞を受賞

2013年 カリン・ピーター・ネッツァー監督『私の、息子』 ベルリン国際映画祭金熊賞受賞

2015年 ラドゥ・ジューデ監督『Aferim!』 ベルリン国際映画祭 監督賞(銀熊賞)受賞

2016年 クリスティ・プイウ監督『シエラネバダ』とクリスティアン・ムンジウ監督『エリザのために』 カンヌ国際映画祭コンペティション部門入選 ムンジウ監督が監督賞受賞

2017年 カリン・ピーター・ネッツァー監督『アナ、モナムール』 ベルリン国際映画祭 芸術貢献賞(銀熊賞)受賞

2018年 アディナ・ピンティリエエ監督『タッチ・ミー・ノット~ローラと秘密のカウンセリング~』 ベルリン国際映画祭 最優秀新人監督賞と金熊賞を受賞

徐さん

「今、ルーマニア映画は毎年、いろいろな新しい監督がおもしろい作品をつくっています。ただ、残念ですが、日本では、ムンジウ監督以外の作品は一部の映画祭では上映されていますけれど、一般公開はされていません」

なぜルーマニア映画は国際的な評価を受けるようになったのか。

徐さん

「社会全体の変化に関係しているのではないかと思います。ルーマニアの歴史をみると、社会主義の背景もあって、チャウシェスク独裁政治時代もあり、東ヨーロッパやロシアの影響もありました。旧ソ連が解体した後もさまざまな変化がありました。2007年にはEUに加盟しました。EUの新しいメンバーです。社会全体が過渡期にあると思います。考え方も激動の時代に入っていて、この20、25年間、いろいろな新しい才能が多く、出てきているのではないかと思います。さらに、EUに入ることで、今までにない社会における矛盾もたくさん生じ出して、それをテーマにして、この先もそうですが、いろいろなクリエイターたちが多くの映画を作っています」

「全世界である意味、病気が進んでいる。この作品が深く描いている」

小坂さん

「映画『ヨーロッパ新世紀』は、ルーマニアのトランシルヴァニアという地域の村を舞台にした映画ですが、驚いたのは、ルーマニア語、ハンガリー語、他にドイツ語、英語が話されていて、その字幕が色分けされています。どうして字幕を色分けしたんですか」

徐さん

「ムンジウ監督は最初の映画祭で上映した時、字幕を色分けしました。この映画は多民族多文化というテーマもあるので、色分けしたら、おもしろいんじゃないかということと、トランシルヴァニアという地域はルーマニアにおいても特別な場所で、ルーマニア人以外にもたくさん多民族の人が昔から住んでいて、グローバル化が進んでいるので、アジアからの労働者もいて、色分けした方がわかりやすくなる部分もあるんじゃないと思います」

小坂さん

「この地域だけではなく、日本においても重なるテーマだと思います。SNSで、公開中の『福田村事件』と重なるテーマだという感想も寄せられています。世界的に生じているテーマだと感じますが、どう思いますか」

徐さん

「この映画を観た時に、今、全世界である意味病気がすごく進んでいる、深刻化しているんじゃないかと思いました。グローバル化自体を反対しませんが、私自身、海外に住んでいるので、交流によって新たな可能性がどんどん出てくるはずでした。グローバル化のマイナス部分が出てくるのは、我々のコミュニケーションだとか、他文化への理解だとか、さらに他者への理解がかかわっていると思います。この作品はそういうところを深く描いているんじゃないかと思います。作品の中で、差別的な発言がいろいろな人の口から出ていて、それを聞くと、単純に発言した人が悪いというより、今の社会がこうなっているだなあと描いているところが、この映画のすごさだと思います」

映画『ヨーロッパ新世紀』のクライマックスは、住民らが一堂に会する集会所のシーン。17分間にも及ぶ固定カメラでの長回しショットで撮影している。

徐さん

「このシーンは一見すると、台詞がないのではないか、と思われるかもしれませんが、監督は26人分の台詞を用意して、ちゃんとすべて順番通りに撮影しました。撮影には3日間かかって、23テイクです。この10年間、いろいろな映画を観て来ましたが、この17分間にかなり衝撃を受けました」

映画『ヨーロッパ新世紀』の原題は『R.M.N.』。

徐さん

「このタイトルについて、いろいろな人から質問を受けました。一番シンプルな解説をすると、RMNは日本でいうMRIのことです。病院などで行われる身体の内部を映像化する医療機器です。MRI以外の意味も込められていて、それはみなさんが想像してください。私個人的には、間違いなく、タイトルにMRIの意味も含まれていて、村をきちんとMRIをして、冷静にマクロな視点で今の村を通して、世界で何が起こっているのかを描いていると思います」

会場との質疑応答。ラストシーンについて質問が繰り返される。

会場から

「主役のマティアスが発砲して、熊が現れます。配給する側としてどう考えていますか」

徐さん

「ラストシーンに関して、監督は記者の質問に真正面から答えませんでした。個人的には、ものすごいラストを撮ったなあと感じています。『熊は、いない』というイラン映画が上映されています(『熊は、いない』はジャファル・パナヒ監督作品。ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞を受賞)。熊は恐怖の象徴というところがあるので、常に、熊がいないのか、どこかにいるのか、ということを描いていると思います。実はこの映画には熊だけでなく羊も登場します。主役のマティアスを映画の最初から興味深いと感じました。マティアスは最初はドイツで働いていて、差別されて、村に戻ります。マティアスは羊の状態で生きているんじゃないかと思っていて、息子との関係も村との関係も常に揺れながら、自分は何をやっていくのかと迷って、クライマックスの17分間の中でも、この人は何をやっているのだろうと感じました。だから、クライマックスはマティアスのためのシーンとも言えると思います。ラストシーンの熊は、みなさんがどう感じたのかわかりませんが、私は、熊のコスプレみたいな感じで、人間がやっているんじゃないかと思うんです。だれかわからないですけど、熊と同じように怖い人間が存在するという説もあります。マティアスの発砲はどういう意味なのか、マティアスは最終的に一歩を踏み出したのか…。どう観るのか、みなさんにお任せするという感じだと思います」

会場から

「『熊は、いない』を観ました。『福田村事件』も観ました。こんなにイランや日本やルーマニアの閉鎖的な田舎の差別意識の強い作品を立て続けに観たのは、珍しいと思っています。結局、イランでも日本でもルーマニアでも、基本的な考えは同じなのかなあと思ったんです。この作品では、ラストに寓話的に熊の着ぐるみを着たような人が出て来ますが、それまでは現実的な話だったので、最後はえっ!と思いました。監督はラストシーンに答えを出さなかったということですか」

徐さん

「監督は距離を置いた目線で作品を撮るので、いろいろな解釈ができると思います。ラストシーンについて、いろいろな人に聞くと、いろいろな解釈が出て来ました。この作品は人間を描く作品でもあります。スリランカから来た労働者に対して、移民差別があると同時に、動物的な他者への敵視もあるんじゃないかと思いました。そうすると、動物とも連係しているんじゃないかと思います」

●映画『ヨーロッパ新世紀』公式サイト

映画『ヨーロッパ新世紀』公式サイ...
映画『ヨーロッパ新世紀』公式サイト|2023年10月14日(土)公開 人間を俯瞰する山、潜む動物。その森で、少年は何を見たのか?C・ムンジウ監督が描くネオ・ヨーロッパ。トランシルヴァニアの村で繰り広げられる人間の対立と凶暴性を描く...

●ぶんや よしと 1987年毎日放送入社、ラジオ局、コンプライアンス室に勤務。2017年早期定年退職

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