アーカイヴァル・ドキュメンタリー映画「バビ・ヤール」 第74回カンヌ国際映画祭ルイユ・ドール審査員特別賞受賞
ウクライナ侵略戦争以降、世界が注目するセルゲイ・ロズニツァ監督。2022年2作品連続公開企画の第1弾作品。
1941年6月、独ソ不可侵条約を破棄してソ連に侵攻したナチス・ドイツ軍。占領下のウクライナ各地に傀儡政権をつくりながら支配地域を拡大し、9月19日についにキエフを占領する。9月24日、統治体制の変化で混乱するキエフで多くの市民を巻き込む大規模な爆発が起きた。これはNKVD(ソ連秘密警察)がキエフから撤退する直前に仕掛けた爆弾を遠隔操作で爆破したのだが、疑いの目はユダヤ人に向けられた。翌日、当局はキエフに住むユダヤ人の殲滅を決定し、全ユダヤ人に出頭を命じた——1941年9月29日から30日にかけて、アインザッツグルッペ(移動虐殺部隊)Cのゾンダーコマンド4aは、警察南連隊とウクライナ補助警察の支援を受け、地元住民の抵抗もなく、キエフ北西部のバビ・ヤール渓谷で33,771名のユダヤ人を射殺した。女も子供も老人も皆身ぐるみを剥がされ無慈悲に殺された。
本作品はホロコーストにおいて一件で最も多くの犠牲者を出した人類史上最も凄惨な事件とその衝撃の結末を全編アーカイブ映像で描く。記憶が忘却へ変わり、過去が未来に影を落とそうとする時、真実を語るのは映画である。
◎園崎明夫の映画評
衝撃です。そして必見の傑作です。
過去の記録フィルムと写真素材を、目を見張る編集テクニックで再構築した、圧倒的映像作品。
1941年、実際に起こった事実が衝撃そのものですが、さらにその起こった事実とその隠ぺいが現在に直結しているという恐怖。
今年2月にウクライナに侵攻したプーチン大統領が、ロシアの「特別軍事作戦」の根拠に「ウクライナの非ナチ化」という言葉を繰り返す意味が、この映画観て、ある程度理解できました。
そして1941年のウクライナとヒトラーのナチス・ドイツ、スターリンの共産主義ソビエト連邦が、一直線に現在に繋がっていることを描くことが、この映画の需要なモチーフだと思いました。
20世紀は「人間の命」の捉え方において、明らかにそれまでの世紀と断絶してしまった世紀です。
吉田健一がその著書『ヨーロッパの世紀末』の中で、18世紀のヨーロッパでは「ひとつの原則」が、たとえ国家と国家が戦争状態にあっても貫かれていて、それは「理性」というものであったという意味のことを書いていたと思います。それが、ヨーロッパが18世紀に到達した「文明」であり「文化」だとも。
そして、その原則が失われ、幼稚で粗暴で、人間の命というものに対する軽視が拡大していったのが19世紀だといいます。
ふたつの世界大戦を経て、あるいはいくつもの革命という名の内戦を経て、おそらくは「人が生きることの心地よさ」というべきものを、国家のために犠牲にすることを当然のように受け入れてきた時代、いわば「理性」を著しく喪失してしまったのが、続く20世紀でしょう。
私たちはさらに、その先の21世紀を生きています。
20世紀以来、「文明」はむしろ「野蛮」へと進化しているのかもしれない。
「文化」は「プロパガンダ」に変容しているのかもしれない。
ロズニツァ監督の作品を見ていると、そんなことを強烈に思い知らされ、打ちのめされます。
「粛清裁判」しかり、「ドンバス」しかり、「バビ・ヤール」もまたしかりです。
どうぞ、ほんとうに多くのひとが劇場へ行って、「バビ・ヤール」を見ていただきたいと願います。
私たちの生きている世界が、生きている時代が何処へ向かっているのか、次に来るのはどんな世界なのか?
誰もが考えることを余儀なくされる、そういう体験だと思います。
●そのざき あきお(毎日新聞大阪開発 エグゼクティブアドバイザー)
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