【人権を守るべきはだれだ!?②】 日本がダメなら世界へ 最高裁敗訴のアルバイト女性の決意 文箭祥人(編集メンバー)

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2015年、元アルバイト職員の女性が正職員との待遇格差は違法だと訴え、裁判を起こした。5年2か月後、最高裁はこの訴えを退けた。最高裁敗訴で、ことは終わらない。元アルバイト職員は世界へ目を向ける。

非正規労働者が2000万人を超え、コロナ禍で非正規労働者が真っ先に雇止めされ、政府が非正規労働者の待遇改善策を掲げる今、この裁判を振り返り、そして最高裁判決後の元アルバイト職員の動きを報告する。

元アルバイト職員は、大阪医科大(現在の大阪医科薬科大学)でアルバイトとして働いていた当時40代の女性Mさん。子どもたちの学校で役員やボランティアを行うなどして、長く専業主婦だったが、子どもたちの手が離れて、仕事をしようと考えたという。

Mさん

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Mさんはどんな仕事をどういう待遇でしていたのか

Mさんは大学での働き方を次のように説明する。

「2013年1月、大阪医科大学の研究室で、アルバイトとして秘書の仕事を始めました。1年ごとの更新契約で、時給制でした。勤務時間は<平日午前8時30分から午後4時50分まで、昼休憩1時間。土曜日は半日を月に2、3回>。正社員と全く同じでした」

どんな仕事をしていたのか。

「1人の正職員が行っていた仕事、その正職員が異動になり、そのまま1人のフルタイムのアルバイト、私ですが、に置き換えました。仕事内容は正職員と全く同じでした。講義や試験の資料作成、試験問題用紙の作成、採点集計、研究費の管理、経費の処理、給与計算、人事採用の準備、掃除などでした。秘書として教授ら15人をサポートしました。最後には30人までになりました。隣の研究室の秘書は正職員で担当は6人でした。目がまわる忙しさで昼休みもまともに取れませんでした」

Mさんはあまりの忙しさに大学に秘書の増員を求めたが、受け入れられなかった。

Mさんと他の正職員の秘書では、仕事内容に違いがあったのか。Mさんは次のように説明する。

「基本的な秘書業務や事務の9割は、正職員もアルバイトもほぼ同じでした。残りの1割は研究室独自の仕事で、正職員それぞれがしていた仕事です。私も、研究室独自の仕事を1割していました」

「地裁の証人尋問で大学側の証人が『Mさんの仕事内容は、他の研究室の正職員秘書とほとんどの業務で違いはない』と証言しました」

では、待遇はどうだったのか。

「年収で比べて、私は隣の正職員の3分の1でした。新入正職員の半分でした。正社員には認められている手当や有給のいろいろな休暇、退職金は、私には何もありませんでした。大きな格差はボーナスです。正職員のボーナスは毎年一律に月給4.6か月分。私にはボーナスはありません」

ボーナスが支給される日は苦痛だったとMさんは言う。

「ボーナス日、明細書を正職員一人ずつに手渡しするのは、ボーナスがない私でした。なんとも複雑な気分でした。正職員か、ボーナスがない非正規職員か、すぐわかりました。顔が違うんです。正職員は表情が緩んでいるんです」

「大入り袋と呼ばれる2万円だったり3万円だったり、金一封もありました。お札を封筒に入れる作業は経理のアルバイトがやっていました。これは本人から聞きました。何度も何度もお札の枚数を確かめて、大量の封筒におさめる時間、どんな思いだったか…」

体調を崩したMさん、休職を余儀なくされる。そこに立ちはだかる非正規の壁

目の前の仕事を懸命に頑張って来たというMさん、働き始めて2年2か月が経ち、体調を崩す。

「私は精神的に追い詰められました。夜、ぐったりと横になるのですが、夜中に動悸が激しくなり、目が覚めるのです。ああ、あしたのうちにあれもしなくちゃ、これもしなくちゃと思い、動悸がどんどん激しくなり、眠れない夜が続きました」

2015年3月、Mさんは適応障害だと診断され、休職せざるを得なくなる。ここでまた、正職員との待遇格差にぶち当たる。正職員なら受けられる休業補償が、Mさんには適用されなかった。さらに、給与がゼロになったことで私学共済から強制的に脱退させられた。

Mさんはいう。

「さんざん安いコストで好き放題使われ、身体や心が壊れたらポイ捨て」

人生で初めて、弁護士事務所を訪問

欠勤中のある日、ネットで一人の弁護士のコラムを見つける。このコラムは<各地の郵便局の契約社員の人たちが、正社員と同じように仕事をしているのに、手当てや病気休暇などをもらえないのはおかしいと訴えた裁判>について書かれたもので、労働契約法の説明が書かれていた。

「労働契約法が改正されました。正規と非正規の格差を是正するために作られた法律です」

そして、Mさんは気付く。

「これは個人の問題ではなく、社会のシステムの問題なのだ」

コラムの最後の一行が心に残ったと言う。

「悩んでいる人、相談しに来てください」

そして、おそるおそる弁護士事務所の扉を開ける。

「はじめて、理解してくれる人に出会いました」

待遇格差の是正を求め、裁判が始まる

2015年8月24日、Mさんは大阪地裁に提訴、社会システムへの闘いが始まる。

法廷で、労働契約法が改正されたにもかかわらず、大学は何らの待遇改善をしなかった現状を述べた後、次のように思いをぶつける。

「全国で同じような裁判を闘っている非正規労働者がいると聞き、誰も声を上げなければ、いくら正しい法律があっても社会は変わらない、大学も変わらないと励まされ、裁判に立ち上がりました。大きな、大きな決意が必要でした」

裁判官に対して、こう訴える。

「私たち非正規労働者が過酷な労働条件で働いている実態や不当な扱いを受けても簡単には立ち上がることができない実態を真っ直ぐに見ていただきたい。そして、非正規労働者と正社員との格差を是正することを目的とした法律を現実のものにする判決をしていただくよう、お願い申し上げます」

地裁係争中かつ欠勤中のMさんは大学に次回の契約更新について何度も交渉を申し入れる。

しかし、2016年3月31日、大学から通知が届く。

「話し合いがないまま、契約満了のその日、契約期間満了の書類が書留で届きました」

突然の雇止めだ。

このころの政府に目を向けると、2016年、安倍首相は「非正規という言葉をこの国から一掃する」と意気込み、働き方改革実現会議を発足させた。

地裁、高裁の判決が下る。そして最高裁へ

2018年1月24日、地裁判決。Mさんの請求は棄却された。

「労働契約法20条が禁じる不合理な労働条件の格差があったとは言えない」と判決が下る。

2019年2月15日、大阪高裁で控訴審判決。弁護団が「画期的な判断」と言う判決が下る。

判決内容は、アルバイト職員に全くボーナスが支給されないことは不合理。正職員のボーナスは一定期間働いていたことへの対価だとした。Mさんに正職員の60%のボーナスが認められた。

そして、舞台は最高裁へ。

整理すると、最高裁の争点は、ボーナスと休業補償において、正職員はこの2つが支給・適用されている一方、アルバイト職員はいずれもなし、という待遇格差が労働契約法20条に違反するのかどうかだ。

Mさんは最高裁で意見陳述を行う。

「今のコロナ禍では非正規労働者は真っ先に雇止めされるなど、置かれている状況はますます過酷になっています。これまで差別されてきた非正規労働者に希望の光を与えていただきたい。ボーナス支給日に下を向いていた非正規労働者も一緒に笑いあえる社会であってほしいと強く願っています」

「不合理とまでは言えない」と最高裁判決

そして、提訴から5年2か月が経った2020年10月13日、最高裁判決。Mさんの請求は棄却された。最高裁判所前に「不当判決」「非正規格差の実態をみず 司法の役割を放棄」の垂れ幕が掲げられた。

写真提供:民主法律協会

ボーナスについて、不合理と認められるものに当たらないとした。休業補償についても同じだった。

判決内容をみてみよう。まず、最高裁は労働契約法20条をどう捉えていたのか。

先のハマキョウレックス裁判の最高裁判決では、労働契約法20条について<仕事内容などの違いに応じた、つり合いのとれた処遇を求める規定だ>と明記した。しかし、Mさんの最高裁判決にはこの記述がない。先の最高裁が示した規定を否定するかのようなもので、控訴審判決の「正社員の60%」を認めなかった。

ボーナスに関して、具体的な判決内容をみる。

Mさんと正職員の仕事内容の違いについて、最高裁は<共通する部分はあるものの、一定の相違がある>とした。共通部分に目を向けず、一定の違いをみて、ボーナス支給なしは、グレーだがクロではないとしたのだ。地裁で、大学側の証人がほとんど同じ仕事だったと認めていて、その上で、Mさんが説明する「9割が同じ」からすると、「一定の相違がある」は残りのわずか1割だけをとらえたてのことだろう。

さらに、最高裁は<正職員は人事異動の可能性がある一方、アルバイト職員に人事異動は原則ないが、例外的に行われたと一定の相違がある>とした。大学側は地裁の証人尋問で「正職員秘書はほぼ人事異動なく固定されている」と認めている。また、アルバイト職員就業規則には「配置転換はある」と明記され、実際にあったというが、それを例外とされた。

これらに加えて、アルバイト職員に契約職員になる登用制度があることも理由に挙げた。契約職員にならないのはアルバイトが悪いかのようだ。この登用制度だが、ある理事が関わる三つの部署の人しか合格とならない公正ではない状況があるとMさんは指摘する。

注目したいのは、最高裁が示したボーナスの目的だ。

最高裁は、大学が支給するボーナスの目的を<正職員としての職務を遂行しうる人材の確保やその定着を図る>とした。正職員の人材確保・定着、これが目的というのだ。アルバイト職員は排除されている。経営側の裁量を重要視したと思われる。

最終的に、最高裁は<不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である>と結論づけた。

もう一つの争点、休業補償。ここでも経営側の裁量を重んじる考えが見える。

最高裁は、休業補償の目的を<雇用を維持し確保すること>だとした。アルバイト職員は長期雇用を前提としているとは言えないから、アルバイト職員にこの休業補償を適用するのは妥当ではないと言うのだ。<Mさんは在籍期間が3年余りで長期とは言い難く、契約が当然に更新され契約期間が継続する状況にあったことをうかがわせる事情も見当たらない>とし、Mさんの休業補償不適用を不合理としなかった。

Mさんは記者にコメントを求められた。その時を振り返って、こう話す。

「最高裁が私たち非正規を見捨てた判決をしましたと震える声で答えるのが、精一杯でした」

改めて判決内容について、次のように話す。

「私は仕事内容を十分に評価してもらえなかったと悔しく感じています。もし、ボーナスが10%でも、いや5%でも認められていたなら、数万円でも年に二回もらえることになったでしょう。そうしたら、2100万人の非正規労働者にとって、収入の底上げになったはずです」

原告・弁護団は声明文を発表。判決に対して次のように抗議する。

「正社員と非正規社員の格差を是正することを目的とした労働契約法20条の趣旨に反する判決だ。これは格差是正に向けた時代の要請にも背を向けるものである。基本的人権の砦としての司法の役割を放棄するものとして強く非難されなければならない」

さらに、非正規労働者へメッセージを送る。

「長年、低労働条件で苦しみ、また、コロナ禍のなかで真っ先に雇止めされている非正規労働者のためにも、不当極まりない本判決には断じて屈することはできない。全労働者の4割近くに及ぶ非正規労働者が低労働条件に置かれている現状を放置することは許されない。引き続き奮闘することをここに声明する」

最高裁敗訴後、Mさんは世界へ目を向ける

最高裁判決から1年が経過した2021年。岸田首相がつくった「新しい資本主義実現会議」は「同一労働同一賃金の徹底、非正規労働者の待遇改善を推進」を提言する。

2021年11月22日、東京都内で『怒りの不当判決!!その後の報告集会~労契法20条裁判メトロコマース事件最高裁判決から1年~』が開催され、Mさんはネット中継で参加した。集会の主催は、メトロコマース事件原告が立ち上げた女闘労倶楽部(めとろくらぶ)。

集会の様子 写真提供:女闘労倶楽部

メトロコマース事件は、東京メトロの売店で、非正規として働いていた女性たちが起こした裁判。正社員に支給される退職金が非正規労働者に支給されないのは、不合理だと訴えた。最高裁は「不合理とはいえない」とした。Mさんと同じ結果だ。会場にはメトロコマース裁判の元原告や支援者、野党政治家、ジャーナリストら多くの人が参加した。

この集会でMさんは労働法においての日本と欧米の違いを指摘する。

「正社員と非正規労働者との間にある労働条件の違いについて、日本の法律は、<不合理であってはならない>となっています。一方、欧米では<合理的でなければならない>となっています。ここにすき間があって、おかしな判決がまかり通っています」

そして、国際労働機関(ILO)提訴の決意を述べる。

「格差の一番の原因はボーナスです。正社員と非正規労働者の間にあるこの格差を是正したい。いま、弁護士と裁判を応援してくれた人たちとともに、ILOに提訴する準備をすすめています」

Mさんが準備しているのは、ILO100号条約(同一価値労働同一報酬原則)違反申立。

この条約は<同一の価値の労働に対しては、性別による区別を行うことなく同等の報酬を与えなければならないと決めたものである>。日本は1967年に批准している。

2022年1月、Mさんは大阪市内で開かれた「世界から見た日本のヒューマンライツ 藤田早苗講演会」に参加。藤田さんはイギリスのエセックス大学ヒューマンライツセンターのフェロー。この大学は世界で最も古くから国際人権法のコースが設置された大学だ。

写真提供:藤田早苗講演会実行委

藤田さんは<個人通報制度>について解説した。日本の裁判は最高裁で終わり、と認識している人が多いだろう。世界に目を向けると、最高裁の次があるのだ。<個人通報制度>は、人権を侵害された個人が、国内の終審判決(日本の場合は最高裁)に不服が残る場合、国際の人権条約機関に直接訴え、救済される制度。ただし、条約の選択議定書を批准する必要がある。

女性差別撤廃条約を日本は批准している。この条約の選択議定書で<個人通報制度>を規定していて、選択議定書を批准しなければ<個人通報制度>は使えない。日本は、選択議定書を批准していない。

日本は、日本が批准したどの条約においても<個人通報制度>を批准していない。日本には<個人通報制度>がない。

世界人権宣言 第23条2にこう記されている。

<すべて人は、いかなる差別をも受けることなく、同等の勤労に対し、同等の報酬を受ける権利を有する>

世界に目を向けるMさんの次章が始まろうとしている。

ぶんや・よしと
1987年MBS入社。2021年2月早期退職。ラジオ制作部、ラジオ報道部、コンプライアンス室などに在籍。
ラジオ報道部時代、福島原発事故発生当時、小出裕章さんが連日出演した「たねまきジャーナル」の初代プロデューサー。
現在、ネットメディアのインファクトで「司法が認めた沖縄戦の実態」を連載中。
全国空襲連、大阪空襲75年朝鮮人空襲犠牲者追悼集会のメンバー。

 

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