
小林監督は本作の成立ちについて、「性被害は生涯消えることはないーその苦悩をわかってほしいというサバイバーの気持ちがこの映画を生み出したともいえるでしょう」と語っています。監督には、数十年に亘ってともに水俣病の支援活動をしてきた森永都子さんという大切な友人がいて、彼女が幼少期に受けた性虐待のフラッシュバックによってPTSDを発症し苦しむ姿に寄り添ってきた年月があります。


そして、かつて受けた性暴力のトラウマに苛まれながらも、モノクロ写真の作品制作(被害の後遺症で色が知覚できなくなった)に打ち込むことでPTSDと共存してきたという、写真家にのみやさをりさんとの出会いが、今回の映画製作を決意させたのだと。さらに、不登校や親からのネグレクト、ひきこもりの経験を経て、自分の苦しさの正体を知るために心理学を学び、今は心理カウンセラーとしてフリースペースの運営などの活動をするサバイバー・高橋和枝さんが、この映画製作のことを知り「誰かの特別な物語としてではなく、私たち一人ひとりの物語として受け取っていただけたら嬉しく思います」と主体的に参加してくれます。彼女は、祖父の「戦争トラウマ」がもたらすPTSDが父母への暴力に向かい、さらに孫である自分への暴力に繋がったという苛酷な家庭環境に育ったことを告白しています。
映画『魂のきせき』はこの3人の女性の過去から現在を描き、ほぼ十年に亘って彼女たちと並走してきた小林監督自身も重要な登場人物の一人となります。終戦後、満州から引揚げてきた家族のもとで生まれ育った監督の心にも戦争の影響はあり、彼が先祖の墓参りをするシーンでは、過去の家族写真が何枚も映し出され、自身の「戦争トラウマ」が語られます。(ちなみに「戦争トラウマ」については今年春に公開された、島田 陽磨監督・撮影によるドキュメンタリー『父と家族とわたしのこと』を是非ご覧ください。重要な映画です。80年前に終わったとされる戦争が今もまだ続いていると痛感します。)

ドキュメンタリー映画は通常「撮る側」と「撮られる側」が別の立ち位置にいます。しかし、この作品では「撮る側」の小林監督は、初めから「撮られる側」の一人としても登場し、長年の友人・森永都子さんの怒りや後悔、鬱症状や希死念慮についての彼女との対話というか殆ど独白に耳を傾け、親密に関わり、同時に自分自身のトラウマとも向き合います。そして、にのみやさんが森永さんを訪ねてプライベートで撮影した、笑顔の彼女のポートレートや小林監督との楽しそうなツーショットは、さりげなくも素晴らしい人間関係を映し出します。ここでは「撮る側」「撮られる側」の境界はすでに消えています。
にのみやさんは、事件から数十年、性暴力被害のPTSDと解離性障害を負いながら、写真の仕事に打ち込みつつ、かつ精神科クリニックで「性暴力加害者との対話プログラム」を続けています。彼女は、被害者が「人生が木端微塵になるような体験」を乗り越え、加害者は被害者の内面を理解して心を寄せ、何とかともに生きる道はないのかと模索しつつ、毎月数十人の加害者と対話を続けていると話します。そして、彼女の様々な感情を宿す横顔を捉えた映像には、手首の無数の傷跡とみえるものが写り込んでいます。
高橋さんは、映画『魂のきせき』の完成記念トークイベントで、自身の性暴力被害とそのトラウマと闘う日々について、初めて公開の場で多くの聴衆を前に語ることを決断します。語る高橋さんを捉えた、殆どカットを割らない長回しで記録されたシーンからは、彼女の言葉の誠実さ、思索の深さ、心の強さと優しさが伝わってきます。高橋さんの全身から迸る言葉を、一言も洩らすことなくそのままに受け止めようとするカットです。
プロデューサー秦岳志氏は「この作品は制作者がサバイバーの生活を撮る映画というより、出演者の皆さんがそれぞれ積極的に主体的に関わってくれたことにより撮れた結果を、そのまま提示する映画になっていきました」と話します。この映画にあるのは、出演者たちの言葉、行為、表情から伝わる折々の感情、思索であり、にのみやさんの写真アートが登場するたびに味わう至福の瞬間や森永さんの絵画の愉しさ、高橋さんの心震える覚悟の語り、そして登場人物の声とともに随所でスクリーンに広がる美しい郊外の風景、海、空。始めと最後に歌われる童謡『にじ』の美しさも例えようがありません。
ー『魂のきせき』はサバイバーを撮った映画だが、同時に、うつっているのは”生きていること”とそれに伴う感情の連なりだと感じるー撮影の小田香さんの言葉ですが、彼女は、小林監督や製作スタッフの想いを真っ直ぐに理解し作品に反映させるため、観客がどのような感情を被写体(登場人物や景観、写真や絵画作品も)に対して抱くかをあらかじめ計算し尽くしているように感じます。キャメラワークそのものが、そう感じさせます。その撮影は、小林監督が提供したいと考えるに至った作品の構造を可能な限り可視化し、彼女が言う「生きていることに伴う感情の連なり」を最も映像的に美しく提示しているのだと思います。
小田さんは、『魂のきせき』の撮影に入る前、すでに自身の監督デビュー作『鉱 ARAGANE』(2015年)を公開しています。ボスニア・ヘルツェゴヴィナの炭鉱地下300mの採掘現場という、私たちが見たことの無い世界をヘッドランプの光だけで探訪し映し出す、まったく異様な美しさに満ちた衝撃的傑作でした。この『魂のきせき』も、自分の魂のトラウマとともに生きるサバイバーの方たち一人一人に確かな輝きを発見し、彼女たちの孤独な痛みが、それぞれの感情の奥深くで繋がるという、おそらく映像芸術でしか表現できない「見えない世界」の美しさを観客に届けようとした作品なのではないでしょうか。
どうぞ、ぜひ多くの観客のかたに、出会っていただきたい映画です。
〇総合デザイナー協会特別顧問 園崎明夫
●10月24日(土)より東京・ユーロスペースほか全国順次公開 11月6日(金)より京都シネマ、11月7日(土)より大阪・第七藝術劇場で公開


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