最新の統計によると、日本の農家の平均年齢は68歳で、将来を担う世代である49歳以下はその1割。日本の全人口のわずか0.1%になります。『百姓、わらう。』は、元NHKディレクターのドキュメンタリー作家・柴田昌平が、2023年から4年間にわたって、49歳以下の若い農家たちを日本各地に訪ねてインタビューを重ね、この国の農業の今を見つめた作品です。農と食の未来について、さらに日本の農政の過去と現在について、様々な問いを投げかける作品です。インタビューを受ける農家の方々は、各地でその創意工夫や独自の思考と努力で着実な成果を生み出していますが、同時に彼らは日本の農業政策の問題点や明らかな矛盾も指摘していて、その言葉は真っ直ぐに今の先の見えない世界のなかの日本そのものをも映し出します。ユーモラスな作品タイトル、お百姓さん10人ほどへのインタビューが6話に分けて構成されていて、とても分かり易く親しみを感じる作品でありながら、その内容はかなり広くて深くて、私たちの命の基盤である農と食を通して、この国のあり方について多くの事を気付かせ、考えさせてくれる、密度の濃いとても貴重なドキュメンタリーです。


登場するお百姓さんの多くは、小さな子供たちを育てながら農作業に勤しみ、自然な笑顔で話しぶりも穏やかで、とても好感のもてる人たちです。話の内容にも説得力があり、全編に亘って、面白く興味深く、聞き逃せない大切な話が続きます。
たとえば、第一話に登場するのは広島県三原市の岡田和樹さん(36歳)一家。棚田の再生に取り組んでいます。自分たちは「先人の背中が見えない世代」「祖先たちが積み上げてきたこの国の田園風景や文化を生きた形で受け継げなかったことはとても残念」なことで、深い喪失感を感じつつ、この土地に生きた先人たちとその時代を思い、「この国が全然違うものになってしまったのではないか」と話します。そして現在は耕作放棄地となった棚田を蘇らせるべく、100年以上前のお百姓さんたちが長い時間をかけて蓄積してきた知恵や工夫を、現場の痕跡や古い文献で学びながら、努力を重ねる姿はほんとうに感動的です。そして、そこに希望を感じます。続いて明治の終わり頃に来日し『東アジア四千年の永続農法』を著した、アメリカの農学者F.H.キングの話が出てきます。彼は当時の日本の水田システムの完成度の高さに驚嘆し、そこから持続可能性を重視する「永続農法」を学び、当時まだ遅れていた欧米での有機農業の基礎知識を持ち帰ったと言います。逆に、欧米列強に肩を並べるべく富国強兵に邁進する日本は「学ばなかった」ということも語られます。このドキュメンタリー映画、初めの第一話だけでも、これほど重要な歴史的視点が提示されます。
第二話では、最新科学に基づき微生物と共生する土づくりの大切さが語られ、第三話では1980年代に効率化の観点から牛舎での飼育が進められた酪農業を、牧草地での放牧に切り替えて、より健全で豊かな収穫を実現している北海道の酪農家が紹介されます。四話、五話では国の農業政策への批判的な視点がクローズアップされ、新潟県上越市の鴫谷さんたちが語る「百姓の顔を見ようとせず、農業を諦めさせるような政策をとる農政」「このままだと廃業する農家が増え、2030年代には米の自給ができなくなる」といった言葉は重く、かつての立花隆の指摘「日本の農政はあまりに農業に対して無知」との言葉や、柴田監督の農政、学者、ジャーナリズム、消費者に対する農業をめぐる考察が続きます。実際、昨年秋ごろの米価高騰の折、国がどんな政策をとったか、ジャーナリズムは日々どんな報道をしたか、消費者がどのような購買行動をとったか、思い起こしてみるのも意味があるのではないでしょうか。
映画の終章「静かな笑み そして豊かさへ」では、今SNSで最も人気があるというお百姓さんのひとり、熊本県菊池市の村上厚介さん(43歳)が登場します。自身の過去の食生活と体の不調を顧みて、サラリーマンから農業へ転職し、その後独自のやり方で機械に頼らず自然の力で巨大な苗を育てる「楽で楽しい農業」を推進。「食べるものが命を作っている。そのことに気付いた若者たちが、引退する老人に代わって、きっと農業をやり始める」と話し、「超・楽になる」米作りの技術や知恵を、全国から集まる若者たちに惜しみなく伝える姿が紹介されます。


『百姓、わらう。』は、農業をとりまく社会環境や自然環境の変化、高齢化、政治、マスコミ、消費者の意識と行動など「食と農」についての実に様々な視点を観客に提供してくれます。若い農家の人たちの笑顔に力をもらって、自分たちが何かに気づき、行動変容を促されるような強い力を持った作品だと思います。まさに今こそ観るべきドキュメンタリーではないでしょうか。
総合デザイナー協会特別顧問 園崎明夫
〇 9月26日、東京・ポレポレ東中野よるロードショー公開。以降、全国にて順次公開。関西では大阪・第七藝術劇場で10月17日(土)より、京都シネマでは10月23日(金)より、神戸・元町映画館では10月31日(土)より公開。
なお、冒頭の写真のコピーライツは©エイシア


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