
事件のあらましー2019年11月30日夕刻、ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者で、安楽死を望んでいた林優里さん(51歳)が殺害されました。 報酬を受け取ってその殺人を実行したとして二人の医師が翌年7月に逮捕。京都で一人暮らしだった優里さんは、当時はもう眼球しか動かせず24時間の介助が必要な状態。安楽死へと向かう、主犯・大久保医師とのやりとりは事件のほぼ1年前からSNSを通じて始まり、ようやく実現した初対面からほぼ15分後に彼女の命は絶たれます。逮捕後の捜査で過去の殺人事件(山本医師の父親の殺害)への関与も浮上し、マスコミは「命を軽視する優生思想の殺人鬼」といったセンセーショナルな表現で大久保容疑者を厳しく非難。世論も同調します。そして2025年6月、嘱託殺人罪などにより最高裁で懲役18年の刑が確定しました。
映画『京都ALS患者嘱託殺人事件』は、2年前の傑作『マミー』で「和歌山毒物カレー事件」の真実に挑んだ二村昌弘監督による、さらに重大な社会性と深い文学性を湛えた、まったく規格外の傑作ドキュメンタリーだと思います。ー「死にたい」という声を覆い隠す社会は、同時に「生きたい」という訴えも無いものにする可能性を孕んでいるのではないだろうかーという監督の問いかけが、「安楽死」を望む患者の内面世界と、その意志を受け入れ「殺人」を実行した医師の姿から観客に強く伝わります。


作品は2部構成。前半は、優里さんが亡くなる前年から始めたTwitterやブログ上のメッセージ、若いころの海外旅行の写真、父親や介助者やTwitterで繋がった難病患者の方たちの話などが緻密に編集・構成され、彼女の生きてきた日々を辿り、44歳でALSと診断されて7年後、何らかの方法で制度的に許容される安楽死を決意するまでが描かれます。優里さんがTwitterで発信する言葉の力は、ほとんど命がけの文学とすら言えるもので、この映画を観る者の心を捉えて離さない、深い感動があります。「ベッドサイドにナイフを置いておくことで、いつでも死ねる、どうしようもなくなれば楽になれる、と思えれば、今日一日今この瞬間を頑張って生きることに集中できる。生きるための安楽死なのだ」という言葉の重み。また24時間介助は何人もの介助者が交代で必要(優里さんが利用した介助事業所はなんと17社)なので、稀に乱暴な虐待のごとき扱いを受けたり、女性である自分にとって異性による介助は耐え難いことなども発信されていて、それは十分に死への動機になるのではないかという、別のALSや難病の患者さんたちの言葉もあります。「主治医との会話ー胃ろうからの飲食拒否は自殺ほう助になるからできない。ならば、吸引も含めて一切の支援を断っての窒息死をすると言ったらそれもダメ。一体、私の人生の権利は何がある?」という彼女の心の叫びは、一人の人間の内面世界の計り知れない深さや複雑さや悲しみを伝えていて、確かに私たちの心に刺さり、如何ともし難い断念と「安楽死」への共感を呼ぶのではないでしょうか。


後半はTwitterを通じて大久保医師と出会うところから始まり、ここで初めて映画のタイトル『京都ALS患者嘱託殺人事件』がスクリーンに出ます。まず大久保の履歴が語られていくのですが、少年時代の大久保が、大人しく優しく、人を思いやる子であったことや、親から言葉の暴力があったこと、学校でいじめを受けたことなどが、彼の母親・大久保律子さんの口から語られます。勤務医になった後も、同僚や患者さんからは「良い人、素晴らしいお医者さんで、困っている人を助けたいという気持ちがとても強かった」と言われる一方で、「助けるという意味では、患者の意志が尊重されない延命処置には憤りを持っていました」という証言も。二村監督は、大久保の内面世界についても、実母へのインタビューも含め、徹底的に取材し掘り下げようとします。大久保と山本の公判における供述を分析した専門家の話や、大久保が優里さんと出会う以前から宮城県にクリニックを開業し「患者の意志を尊重した最後を迎えられるような施設にしたい」と語っていたことなども紹介しながら、一方で彼自身が数度に及ぶ自殺未遂を繰り返していたことも明らかにされ、このあたり人間という存在の不可解さ、奥深さに慄然とします。
映画の終盤、安楽死(嘱託殺人か)へと向かう優里さんと大久保との詳細な会話と最後の対面シーンは、遺されたTwitter文面と二人の様子をイメージした再現シーンも駆使して表現されます。会話は、訪問日程や必要報酬など、安楽死への現実具体的な打ち合わせの段階に入り、二村監督は「死へ向かうメッセージの交換には、二人がまるで旅行の計画でも立てているかのような、不思議な軽やかさが漂っていた。この最期の対話は、それまでの悲惨な被害者と冷酷な加害者という単純な事件像を覆す力を持っていた」と語っています。優里さんはTwitterで「確実に目覚めないようになりたいです」「先生だけが救いであり、希望です、どうかどうかよろしくお願いします」と送り、殺害当日にも「先生と知り合って幸せでした」との言葉を残しています。

この映画は、まずALSという難病に侵された林優里さんの生きることと死ぬことについての、深い思索のありようそのものが感動をもたらします。そして今の世の中に蔓延する類型的な言葉で現実から目をそらし続ける、この社会や時代への怒りを込めた鋭い問いかけが全編に溢れています。医療制度や司法制度、そしてマスコミなどが到底捉えきれない、対峙し得ない彼女の心の世界を描き、さらにその世界に呼応する大久保医師の内面世界をも映し出そうとする、二村監督の強靭な倫理感と執念が、このドキュメンタリー作品を際立って感動的なものにしているのだと思います。ある意味ドキュメンタリーの概念を深化させた、映像アーティストによる「映画文学」ともいえる作品なのではないでしょうか。
是非多くの人に観ていただきたい、まさに特別な映画です。
〇総合デザイナー協会特別顧問 園崎明夫
●10月 31日(土)より東京・ユーロスペース、大阪・第七藝術劇場、京都シネマ、〈大阪〉ほか全国順次公開。12月5日(土)より神戸・元町映画館で公開。公式サイトは以下のURL。
なお、冒頭の写真のコピーライツは (C)『京都 ALS 患者嘱託殺人事件』製作委員会

コメント