未曽有のドキュメンタリー映画『よみがえる声』が問う「日本とはいったいどういう国なのか」 園崎明夫

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『よみがえる声』は在日朝鮮人2世の映像作家・朴壽南(パク・スナム)監督が80年代から取材し記録し続けてきた膨大な16mmフィルムや録音テープを、娘の朴麻衣(パク・マイ)監督とともに復元・再構成し、二人の対話や未公開のフッテージとともに20世紀初期の日韓併合(1910年)以後の近現代史を描き出す、2時間半に及ぶドキュメンタリーの大作です。

©『よみがえる声』上映委員会
©『よみがえる声』上映委員会
©『よみがえる声』上映委員会
©『よみがえる声』上映委員会
©『よみがえる声』上映委員会

三・一運動(1919年)生存者の証言から関東大震災(1923年)での朝鮮人虐殺事件、戦時の長崎造船所や軍艦島への徴用と苛酷な強制労働、太平洋戦争末期の沖縄戦への徴兵や慰安婦問題、朝鮮人原爆被爆者への戦後補償、親族を分断した北朝鮮への帰国事業、そしてベストセラーとなった書簡集『罪と死と愛と』に結実する小松川事件少年死刑囚との交流など、極めて多岐にわたる歴史的事件・事案を縦横に行き来しながら、朴壽南監督の情熱的で行動的で丹念に取材した貴重な記録の数々とその人生を描くことで、日本と朝鮮に横たわる加害と被害の歴史を緻密に堅牢に構築した、紛れもない傑作ドキュメンタリーです。

そして、この作品で扱われる様々な記録と繋がる映画作品には、関東大震災時の千葉県福田村での朝鮮人虐殺事件を劇映画化した衝撃作『福田村事件』(森達也監督)や在日コリアン家族の日常を通して韓国・北朝鮮・日本の痛切な歴史を描いてゆくヤン・ヨンヒ監督のドキュメンタリー『愛しきソナ』や『スープとイデオロギー』などの先行する傑作があり、そちらもともに観ていただければと思います。『よみがえる声』への理解もいっそう深まるのではないでしょうか。いずれの作品にも、間違いなく観る人を圧倒する「映画の力」が溢れていますので。

すでに世界各地の映画祭で受賞という国際的評価も当然かと思います。作品が伝える記録内容の豊饒さと密度と深さ、朴壽南監督自身のエピソードの豊富さ、メッセージの強靭さはまさに圧倒的ですし、そのメッセージを込めた彼女の映像世界をできる限り普遍化しようとする朴麻衣監督の作品構築の見事さはもちろん、母と娘のダイアローグシーンの美しさもとても感動的です。

この作品はその作品構造から見てもかなり特別な作品で、普通のドキュメンタリー映画は、映像作家Aがあるテーマのもとに取材し記録した証言や映像を編集して作品化するものですが、この作品はその映像作家Aの作品世界をそのAの人生や思考や感情を通して、または新しく発見したフッテージを使って、別の作家Bが新しい作品として映像化しています。それは作家Aの世界をより多くの今の観客に知ってほしいという意図ももちろんあるでしょうが、同時に作家Bが「作家Aという人間を描く」というまったく新しいドキュメンタリー作品としても成立しています。そういう作品構造そのものが、こうした歴史的なテーマを扱うドキュメンタリー映画としてはほとんど過去になかったのではないかと思います。その作品構造によって、扱われる事件や事案の語り方が客観的かつ主観的に、豊饒に濃密に重層的になり、朴壽南監督が「映画は言葉にならない人の言葉を映像で表現する」という映像芸術の力が高度に発揮されたのではないでしょうか。そういう意味ではクレジットの「共同監督」とは、並列に横並びではなく、上下か前後かの縦列関係の共同監督でしょうか。

©『よみがえる声』上映委員会
©『よみがえる声』上映委員会

朴麻衣監督との対話のなかで朴壽南監督は「被害者の記憶がなくならないかぎりは、加害者の加害責任はなくならない」と話します。被害者の記憶が次世代に語り継がれる限り、加害者の責任も語り継がれなくてはならない。それは『よみがえる声』という作品が全編を通して訴えかけるもっとも重要なメッセージのひとつでしょう。その言葉の意味するところは、私たちの現在にも直結している真理で、いまいちど「日本とはいったいどういう国なのか」というとても重要な問いに私たちを導きます。過去・現在・未来を貫くとても重要な問いです。まさに今、観られるべき作品だと思います。

●総合デザイナー協会 特別顧問 園崎明夫

○『よみがえる声』 8月2日より全国順次公開 関西では10月25日より大阪・第七藝術劇場、11月14日より京都シネマ、兵庫・元町映画館は近日上映予定 公式サイトは以下のURL

映画『よみがえる声』/2025年8月2...
映画『よみがえる声』/2025年8月2日(土)公開 歴史の闇に埋もれながら、なおも響き続ける証言の数々。90歳の母から戦後世代の娘へ。ともに歴史の襞に耳を澄ます

なお、冒頭の写真のコピーライツは©『よみがえる声』上映委員会

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