逮捕報道を考える 報道の仕組みは?私たちは何を知りたいのか?ドキュメンタリー映画『揺さぶられる正義』トークイベント報告

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〈無実の人を救う弁護士を志すも、有罪率99.8%の刑事司法の現実に絶望し、企業内弁護士として関西テレビに入社した上田大輔。しかし、一度は背を向けた刑事司法の問題に向き合おうと記者になった。上田が記者1年目から取材を始めた「揺さぶられっ子症候群(Shaken Baby Syndrome)」。通称SBS。2010年代、赤ちゃんを揺さぶって虐殺したと疑われ、親などが逮捕・起訴される事件が相次ぎ、マスコミも報じてきた。

SBSは子ども虐待対応のための厚労省のマニュアルや診断ガイドにも掲載され、幼き命を守るという強い使命感を持って診断にあたる医師たち。その一方で、刑事弁護人と法学研究者たちによる「SBS検証プロジェクト」が立ち上がった。チームは無実を訴える被告と家族たちに寄り添い、事故や病気の可能性を徹底的に調べていく。虐待をなくす正義とえん罪をなくす正義が激しく衝突し合っていた。やがて、無罪判決が続出する前代未聞の事態が巻き起こっていく。

実名、顔を晒され、センセーショナルに報じられる刑事事件。逮捕報道に比べ、その後の裁判の扱いは小さい。無罪となっても一度貼られた“犯人”のレッテルはネット空間から消え去ることはなく、長期勾留によって奪われた時間も戻ってはこない。SBS事件の加害者とされた人や家族との対話を重ねた上田は、報じる側の暴力性を自覚しジレンマに苛まれながら、かれらの埋もれていた声を届け、司法とメディアのあり方を問う報道に挑む。そして、記者として何を信じるべきか、上田を最も揺さぶることになる人物と対峙することとなる。自分にしかできない、と編み上げたこの映画は、贖罪と覚悟の物語だ〉(チラシより)

 9月22日、大阪・十三の第七藝術劇場での上映後、上田大輔監督、秋田真志弁護士、川﨑拓也弁護士が登壇し、トークイベントが行われた。司会は第七藝術劇場の小坂誠さん。秋田弁護士は「SBS検証プロジェクト」共同代表。川﨑弁護士は「イノセンス・プロジェクト・ジャパン」理事。「イノセンス・プロジェクト・ジャパン」は刑事事件のえん罪の被害者を支援し救済すること、えん罪事件の再検証を通じて公正・公平な司法を実現することを目指している。トークイベントの中で、逮捕報道に関する発言があった。その内容を報告したいと思います。

上田大輔監督(左)、秋田真志弁護士(中央)、川﨑拓也弁護士
映画場面から (C)2025カンテレ

小坂)

どうして、SBSの事件でえん罪が多く起こったのか。振り返って何か思うことはありますか。

秋田)

思い込みなんです。通説に一回なったものをみんなが信じたら、逆側からの話に耳を貸さなくなってしまう。天動説があった時代、地動説を唱える人たちは迫害されて、宗教裁判にかけられて、処刑されたりもしました。人間はそういうふうに自分で信じていることに対して異論を唱えられるとすごくそれに抵抗してしまう。それが医学の世界で起こって、同じ感覚に検察官も裁判官もなってしまった。SBS事件はその典型だと思います。思い込みから、どこまで我々が自由になれるのか、これから考えていかなかったら、えん罪は絶対なくならないし、また同じようなことが違う形で起こると思います。

えん罪は一人で作られるものじゃなくて、多くの人が組織的に動く中で、みんなが同じ方向を向いて、作っちゃうんです。これを突き崩すのは、確かに大変な作業です。集団的におかしな方向に向かって、みんなそっちの方に行ってしまうのを戻す力は一人では絶対無理です。

秋田真志弁護士

川﨑)

今西貴大さんの事件を例に挙げると、今西さんは、最初は傷害致死罪で起訴されて、いったん保釈されました。数カ月経ってから、再逮捕され、わいせつの罪で起訴されました。通常、再逮捕する場合は保釈になった瞬間に再逮捕するんです。逃げられたりすると困るからです。検察は否定するでしょうけど、私自身は、傷害致死罪以外は今西さんを有罪者だと見せるための訴追だというふうに思っています。現にその作戦は逮捕報道を見る限り成功しているんですね。裁判員裁判においても、それは成功したとしか思えないような判決だったと思います。そういう意味では、思い込みを作るという作業を訴追側は時としてすることがある、そしてそれをメディアの側も手伝ってしまっている側面があるし、それを日々見ている我々もそういう気持ちになっていっている、それがゆえに、99.8%の有罪率は社会全体で作られている、そういう気持ちになりました。

僕はこの事件の取材をきっかけに、様々なテレビに出させてもらって、できるだけ刑事弁護的な立場で説明できることがあればしたいと思って、関わらせてもらっています。けれど、いざ目の前に〈この人が逮捕されました〉〈殺したと自白しています〉と放送されると、いざスタジオでなんて言えるかというと、私自身もすごく迷います。そういう意味では、これからメディアに関わることがあるならば、自分自身が歯車の一つなんだということを意識しないといけないと思います。

映画場面から (C)2025カンテレ

上田)

バイアスという言葉がありますが、偏見に近い言葉です。人間は意識だけでは難しくて、無意識にバイアスが起こってしまうんですよね。立場とか、そういうところから。この人があやしいなあと思ったら、なかなかそこから逃れられない。実際、私はこの映画で告白せざるを得ないということに追い込まれているわけなんです。バイアスとか思い込みが生じるということをよく知っておくことと、むしろ人間はもうバイアスから逃れられない、思い込みがあることを前提に仕組みを作っていかないといけないと思います。

逮捕報道は基本的に警察情報にほとんど依拠して、第一報を早く報じないといけないので、被疑者、被告人からすれば、犯人報道という構造になりがちになっているんです。それを変えなくていいとは思っていませんが、変えなきゃいけないけど、どう変えるか、難しいところがあるんです。そういう構造がある中で、全体としてよりバランスを保てるような報道がどういう仕組みでできるのか、そういうことが一つあると思います。SBSの取材を通してよく思うものが、警察情報に依拠した最初の逮捕報道は人をさいて、すごく時間と労力をかけているんです。僕は「逮捕報道中心主義」と呼んでいるんですけど、その後どうなったかという検証取材とか、裁判報道とかに、あまり人数をさいていないんです。結局、人の意識の問題じゃなくても、仕組みがそうなっているところが問題だと思います。最初の報道は、偏った情報でいったん報じているんだから、抑制して報じた上で、その後はより検証して、バランスをとる、そういう仕組みをまず作っていかないといけないと思います。例えば、一つ言えるのは、検証取材や裁判取材をして、全体的にバランスを見て、検証や事後の報道をしていく、そのために記者を配置するとか、報道の全体をみるデスクを置くとか、そういうことを考えていかないといけないと思います。だけど、なかなか、この逮捕報道を中心にする報道は、長年の慣行があるんで、なかなか高い壁があると、テレビ局の中にいるものの実感です。

川﨑拓也弁護士

川﨑)

上田さんから一つの提言があって、私も考えているところで言うと、事件が起きて逮捕されたときに、テレビを見る側が何を知りたいと思っているのか、ということです。知る権利に資するために報道があるわけです。逮捕された人の顔が知りたいのか、名前が知りたいのか、どこに住んでいるかを知りたいのか、果たしてどの目的のために、顔を出し何々町の誰とか、何歳とか、どこまでが知る権利に必要なのか、最近考えたりはします。

○『揺さぶられる正義』 9月20日より全国順次公開 関西では大阪・第七藝術劇場、京都シネマ、神戸・元町映画館で上映中。

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なお、冒頭の写真のコピーライツは(C)2025カンテレ

○編集担当 文箭祥人

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