大韓民国大統領VSジャーナリズム ドキュメンタリー映画『非常戒厳前夜』トークイベント報告

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〈2024年12月3日のユン・ソンニョル大統領による突然の「非常戒厳」宣布から始まった韓国の混乱。200万人規模のデモが重ねられ、立ち上がった市民たちは大統領弾劾を実現した。今年6月の政権交代、7月にユン前大統領が再逮捕され、8月12日にはキム・ゴンヒ前大統領夫人逮捕のニュースが飛び込んできた。無謀とも思われる「非常戒厳」を宣布した背景には、日本のマスメディアがほとんど報じることのないユン政権によるメディア弾圧と、それに対抗したジャーナリストたちとのドラマチックな闘いがあった。本作はそんな知られざる闘いの一部始終を描いたドキュメンタリーである。

ユン・ソンニョルが検察総長候補者に指名された2019年から彼の不正を追及してきた非営利独立メディア「ニュース打破(タパ)」は、ユン政権によるメディア弾圧の格好の標的となった。ソウル中央地検は、2022年の大統領選挙で「ニュース打破」がユン候補を不利にする“フェイクニュース”を流したとして「大統領選挙介入世論操作特別捜査チーム」を編成。2023年9月14日の朝、「ニュース打破」本部と記者2名の自宅への家宅捜査が行われた。ちょうどその日は、検察の「特殊活動費」に関する記者会見が行われる日だった。しかし「ニュース打破」はこれに屈せず、自ら受け続ける言論弾圧をキャメラに記録し、さらなる調査報道と法廷闘争によってユン・ソンニョル政権を追い詰めていく…。〉(チラシより)

ユン・ソンニョル前大統領 (C)KCIJ-Newstapa
国会(右奥)前でユン・ソンニョル大統領弾劾を求めるデモ (C)KCIJ-Newstapa

9月27日、大阪・第七藝術劇場での上映後、「ニュース打破」記者で本作監督のキム・ヨンジンさんが登壇し、トークイベントが行われた。司会は独立メディア「生活ニュースコモンズ」記者の岡本有佳さん、通訳は影本剛さん。

キム・ヨンジン監督(中央)、岡本有佳さん(右)、影本剛さん(左)

岡本)

最初に、キム・ヨンジン監督と韓国の独立系メディア「ニュース打破」について簡単に紹介したいと思います。キム・ヨンジン監督は1987年に韓国の公共放送KBSに入社、代表的な仕事としては『メディアフォーカス』というメディア批評番組の制作です。調査報道チームの部長も務めました。『メディアフォーカス』は日本ではほとんどない番組だと私は思いますが、日本でいうところのNHKが自社の番組を含めて番組を批評する、そういう番組です。

その後、イ・ミョンバク政権、パク・クネ政権になって、 メディアへの政治介入が行われて、KBSの中の人たちも、その波を受けて、今言ったような番組がどんどんつぶされていきました。番組を制作していた記者たちは飛ばされて、キム・ヨンジンさんも飛ばされました。解雇された記者、キム・ヨンジンさんのように自ら社を辞めた記者たちが集まって作ったのが独立メディアの「ニュース打破」です。調査報道が専門で、独立性を確保するため企業広告を取らず、市民からの支援で運営をしています。設立から十数年が経っています。驚くべき団体だと思います。今、会員数は6万2千人です。この映画が韓国で公開されたのが今年4月ですが、その時に会員が一万人増えたそうです。ジャーナリストと市民が肝心なところで連帯をしているのが、本当に羨ましく、すごいなあと思っています。

日本で劇場公開に至った経緯を少し話したいと思います。私も独立メディアに属しているので、「ニュース打破」と交流していましたが、2024年12月3日にユン・ソンニョル大統領が非常戒厳令を出して、日本ではそれがどういうふうに報道されているのか尋ねられて、私がいくつかの放送局で放送された番組を説明したことがあるんです。 簡単に言いますと、ユン・ソンニョル大統領は日韓関係を良くしたい人物で、日本にとってはありがたい存在であると、そういう番組がすごく多かったんです。

私は、ユン・ソンニョル大統領が非常戒厳令を出して、市民と国会議員が国会に駆け付けたあの日からずっとどうなっているんだろうと思っていましたが、日本の報道を見ても全くわからない。それで現地に飛びました。ユン・ソンニョル政権が何をしてきたのか理解できないと、デモに集まった100万人、200万人の怒りや抵抗の力がどこから来ているのか、本当に理解できるのかと思いました。ユン・ソンニョル政権はずっと言論弾圧をしていたわけですし、それからもう一つ言っておきたいのは、ユン・ソンニョル政権は発足の時から、女性政策の予算を減らしました。女性たちはものすごく怒っていたわけです。突然、デモがどこからかわいてきたわけではなくて、言論弾圧と闘ってきた人たち、女性政策問題で闘ってきた人たちがあいまって、ああいう実行力になったんだとよくわかりました。

○岡本有佳さん 編著『弾劾可決の日を歩く ”私たちはいつもここにいた”』
http://tababooks.com/books/dangaikake...

キム・ヨンジン監督はこの映画を日本で公開することの意味をどう考えていますか?

映画の一場面 キム・ヨンジンさん (C)KCIJ-Newstapa

キム監督)

ユン・ソンニョル大統領に対する弾劾を求める集会は非常戒厳令が出される前からずっと行われてきていて、韓国の主要な広場の光化門広場だとか、そういうところでずっと行われてきました。多くの市民がユン・ソンニョル大統領に反対する理由は、ユン・ソンニョル大統領が韓国だけでなくて東アジア全体を危険に陥れる、そんな存在だからです。ユン・ソンニョルという人物、そしてその政権の危険さというものについて、いくつか挙げられますけれど、二つだけ、申し上げたいと思います。

韓国の軍の中に、ドローンの司令部というものがあります。そのドローン司令部を使って、ピョンヤンに実際にドローンを飛ばしたことがはっきりとしています。北朝鮮を徴発して、局地戦だとか、そのような戦争を起こさせようとしたわけです。軍隊を自分が動員する際に、大義名分をつくるために、北朝鮮に攻撃させるというようなことをやろうとしたわけです。韓国で戒厳が起こって、それを我々は内乱と呼んでいますが、今、戒厳に対する特別検察がつくられて集中的にこの軍事問題を捜査しているところです。

二つ目は統一教会に関することです。これについては、もう一つの特別検察チームがあって、ユン・ソンニョル前大統領の妻キム・ゴンヒを調べています。ユン・ソンニョルが検察総長だった時代に、キム・ゴンヒが不正株価引き上げに関与した疑いがあって、我々がそれを報道したことがこの映画に出てきます。キム・ゴンヒに対する特別検察チームが核心的に調査しているのは、ニュース打破が調査してきた株価操作です。調査を行う中で、キム・ゴンヒが統一教会から6000万ウォン、日本円で600万円のダイヤモンドのネックレスをもらったり、そのようなことが明らかになっているわけです。ユン・ソンニョル政権の核心的人物であった、当時の与党の中心人物の国会議員に、1億ウォンぐらいのお金が統一教会から渡されたことも明らかになりつつあります。ユン・ソンニョル政権と統一教会は極めて密接にかかわっていたことが明らかになりつつあります。そして、今出ている疑いとして、「国民の力」という政党でユン・ソンニョルは大統領候補者になるわけですけれど、「国民の力」の中で予備選挙をする際に10万人以上の統一教会の信者が「国民の力」に入党して、そして、大統領予備選挙でユン・ソンニョルに投票して、ユン・ソンニョルを「国民の力」の大統領候補者にする、そのようなことをやっていたのではないかという嫌疑も出てきています。

私が申し上げたいのは、ユン・ソンニョルはこのように問題が非常に多い人物です。しかし、その人物が日韓関係において、‘過去について私はこれ以上いろいろ問うたりしない’と言っただけで、ユン・ソンニョル大統領はよい大統領であるかのように日本のメディアが言っているのを聞いて、私は非常に驚きました。私は韓国と日本の市民が友達になって、そしてお互いが理解していくためには、本当に何が起こっているのか、きちんと理解する必要があると思います。日本の大メディアにおいて、今の韓国の状況について真実が報じられているというより、その逆のことが言われているような報道は、日本と韓国の関係を考えるときに、よくないことだと思います。

私たちは3年以上にわたって、ユン・ソンニョルという人物を追いかけてきていました。ユン・ソンニョルの正体について明かそうとしてきたことと、言論弾圧がどのように起こり、それに対してニュース打破をはじめとするメディアがどのように闘ってきたのかということを、日本の市民のみなさんに共有してほしいと思い、韓国の状況を理解する機会になればと思い、この映画を日本で公開することを決心しました。

私は日本の記者の友達もたくさんいますが、私たちの力はそんなに大きいものではありませんが、不当な権力に対して闘う事例をこの映画で観ることができるので、日本の記者にもこの映画を参照してもらって、一緒に闘いたいと思います。

映画の一場面 ユン・ソンニョル大統領候補(当時)に詰め寄るニュース打破のハ・サンジン記者 (C)KCIJ-Newstapa

岡本)

韓国のメディアについてうかがいたいと思います。映画の中で、「韓国のメディアは沈黙していた」というセリフが出てきますが、沈黙するだけでなく、ニュース打破を攻撃したメディアもありました。反対に沈黙しなかったメディアもいくつかあったと聞いています。

キム監督)

私たちは検察の捜査を受けますが、検察は韓国で最高のエリート集団で、その検事たちが十数名のチームを組んで、ニュース打破は、世論工作をしている、国の品格を貶めている、反国家勢力である、そのような枠組みをつくるわけです。検察は毎週木曜日にティータイムをもって、記者クラブの記者たちに対してブリーフィングをして、記者たちは検察が言ったままのことを放送した、というのが韓国の主要メディアの状況でした。当時の与党「国民の力」の代表が‘、ニュース打破はクーデター勢力であり、反国家勢力であり、死刑に値するヤツラである’と言うわけですが、主要メディアはそのまま放送するわけです。そのため、私たちは孤立した状況に追い込まれて、四面楚歌なりました。他方で、少数のメディアですけれど、例えば進歩系のハンギョレ新聞だとか、小さな規模の独立メディアはバランスがとれた報道をしていました。

岡本)

検察の予算を分析した共同チームの話も説明してください。

キム監督)

私たちは検察の予算の検証を数年間おこなってきました。ニュース打破の番組の中で、意義のある番組だと考えています。検察の予算は特定業務費など3つに分かれていますが、その執行内容、執行の内訳ですね、それが公開されていなかったんですが、我々が調査しました。4、5年前に情報公開請求を行いました。当然、検察は情報公開を拒否しました。その後、我々は裁判所に申し立てをして、我々は勝訴しました。勝訴するのに3年かかりました。昨年春、執行内容が書かれた7万ページの資料を得て、調査を始めました。検察は地方支所も含めると、76か所あります。我々だけで調査することはできないので、一緒に調査するパートナーメディアを探しました。商業メディアの特に地方メディアはスポンサー企業がその地方の建築会社が非常に多く、そのようなメディアは検察の問題を提起すること自体ができません。だから、検察の支所がある地域の独立メディアと一緒に調査することになりました。検察の影響から自由なメディアはほぼ小規模な独立メディアです。そして、100件を超える記事を書きました。その中で、検察は証拠を残さずに多くのお金を使ったり、不法的にお金を使ったり、そういうことが数えきれないほど明らかになりました。昨年夏、2025年の予算が国会で議論されましたが、検察の予算に関して、500億から600億ウォン削減されました。日本にも独立メディアが生まれることを望んでいます。

岡本)

映画のエンディングの歌が印象的でした。どんな歌で、どうしてこの歌を選んだんですか。

キム監督)

韓国のロックミュージックの巨匠、シン・ジュンヒョンが1970年代に作詞作曲した「美しい山河」です。当時はパク・チョンヒ独裁政権で暴力的な時代でした。すぐ捕まって、すぐ拷問を受けるような時代でした。残酷な時代に美しいものを歌う、皮肉を言うような歌詞なわけです。ユン・ソンニョル政権の言論弾圧を見ている中で、パク・チョンヒ政権時代が思い出されて、この歌はエンディング曲に適していると思いました。

岡本)

韓国の映画館で上映した時、この歌が流れると、拍手が起こったそうです。

映画の一場面 キム・ヨンジンさんが検察に出頭、多くの記者に取材を受ける (C)KCIJ-Newstapa

岡本)

最後にジャーナリズムの社会的な責任・役割について一言もらいたいと思います。なぜかと言うと、大手放送局に勤めていた人からつい昨日聞いたのですが、日本の放送局はジャーナリズムとは何かとか、マスメディアの社会的な役割とかを言う人は雇わないそうです。むしろ嫌うそうです。

キム監督)

ジャーナリズムはまず、権力をけん制して監視すること、もう一つが公的システムが誤作動を起こしたことに関して、それを調べて、それを知って、知らせることです。この二つがジャーナリズムの使命であると言えます。これを通して、韓国であれ日本であれ、国民が主権者であるので、市民が自らの主権を行使できるように情報をきちんと提供する、それがジャーナリズムの社会的な責任・役割だと言うことができます。

●「非常戒厳前夜」 9月6日より”超”緊急公開 全国順次公開 関西では9月27日より大阪・第七藝術劇場、10月3日から9日まで京都シネマ、10月4日から17日まで兵庫・元町映画館で上映 公式サイトは下記のURL

●編集担当:文箭祥人

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