「名脚本家・山田太一の傑作小説『異人たちとの夏』を、現代のロンドンを舞台にアンドリュー・ヘイ監督が映画化した、心打つ感動の物語。」4月19日(金)全国公開。
公開前のディズニー試写で、『異人たち』観せていただきました。とても丁寧に作られた、繊細で美しい「人生ドラマ」です。登場人物4人、ほとんどのシーンを彼らのミディアムかアップショットと緻密なダイアローグを絶妙の編集で紡ぎあげた、最高に充実した2時間。これこそ「映画」だと実感します。
主演男優たちのアップショットがこれほど美しい映画もめったにないのでは。少年時代に事故で両親を失い、性的マイノリティとしての自身の生きづらさにも耐えて、孤独に生きてきた主人公アダム(アンドリュー・スコット)。
『異人たち』という作品は、災厄による個人的に特別な境遇にあって、ゲイへの偏見や差別も強かった90年代を生きてきた彼の苦しみや寂しさ、喪失感を、事故前の若い頃の両親と再会して語り合うという、ファンタジーのなかで描き出します。同時に、ハリーというゲイの男性との出会いと親密な時間の物語も並行して語られます。遠い昔に亡くなった両親との何度かの邂逅や、互いの孤独を癒すハリーとのシーンで、アダムの生きるつらさ、寂しさ、悲しさが、観る人の心に沁みます。
そしてゆっくりと徐々に、いつしかアダムの生きづらさや寂しさが、まったく別の人生を生きている観客一人一人の心と自然につながってゆく感覚が訪れます。アダムの孤独な個人的な物語が、普遍的な「人間の物語」へと変貌して行くと言えばよいでしょうか。
スクリーンの中の「個人的な体験」が、どれほど深く多様な感動を、観る人にもたらすことが出来るかが作品の価値を決めます。ここには、いつも予測不可能で思うようにならない人生を生きている、すべての人たちの心に繋がる「映画を観ること」そのものの感動が確実にあります。スクリーンの中の虚構世界の人物たちの表情と会話で、彼らの個人的な物語をすべての観客の心へと繋いでしまう、脚本・監督のアンドリュー・ヘイすごいです!
観ている途中、ベルイマンの『叫びとささやき』とか、カサヴェテスの『こわれゆく女』とか思い出しました。人が生きてゆくということの実相を、徹底して真摯に描こうとした1970年代の傑作群に連なるものを、『異人たち』に感じたのかもしれません。
この映画は、主人公にとっての「客観的な現実体験」と「主観的な内的体験」が、ともに映像的には分かち難く織り上げられたファンタジーなので、アダムにとって、心安らぐ幸せな時間だったはずのシーンが、映画が終わった後に、このうえなく孤独で悲痛なシーンに変貌することもあるかもしれません。また逆に、つらく悲しかったはずのシーンが、ある種の懐かしさと幸福感をもって思い出されたり。
そして、その「現実」と「夢」が往還する見事な演出、撮影、編集に、作品の感動的な真価が現れてきます。35mmフィルムで撮影された、柔らかな光と影が格別に美しく物語を包む、その効果が素晴らしく、とくにアダムとハリーが過ごす時間の、かけがえのない美しさはお見逃しなく。
誰にとっても、過ぎ去った人生の体験について「客観的」と「主観的」の違いって、実はほとんどないのかもしれないと、そんなことも思ったりさせられます。ちなみに英語タイトルは「ALL OF US STRANGERS」(「私たちはみんな異人たち」)です。私は絶妙なタイトルだと思います。
どうぞ「映画を観る楽しさ」に身を委ねて、ワンシーン、ワンショットを丁寧にご覧ください。
●そのざき あきお(毎日新聞大阪開発エグゼクティブ・プロデューサー)
〇映画「異人たち」 4月19日 全国公開
第81回ゴールデングローブ賞主演男優賞(ドラマ部門) アンドリュー・スコット ノミネート
英国インディペンデント映画賞作品賞ほか最多7冠達成
コメント