〈『キャメラを持った男たち』にでてくる映画のこと〉②映画は工業?なんです。 井上実

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 私が映画の現場で働きはじめた頃、先輩カメラマンの方々は一様に映画カメラのことを「キャメラ」と読んでいました。「もうちょっとキャメラ、下手へ」と言って撮影部が三脚ごと、うんしょと左側に移動する。
 この「キャメラ」という呼称、先輩方のそのまた先輩、そのまた先輩、と映画の誕生期からずっと受けつがれたものと思い込んでいました。しかし『キャメラを持った男たち』をつくるうちに―それはまさに映画黎明期をたずねていくことにほかなりません―その前の呼び名があることを知ったのです。それは…「機械」。機械?キカイ?!
『キャメラを持った男たち』に登場する震災キャメラマン、高坂利光の肉声に出てくるのです。ですからホントは『機械を持った男たち』とすべきなのでしょうがさすがに何の映画かわからなくなるのでやめました。
 機械という言葉を音読すると途端に映画が工業としてのニュアンスを帯びてくることを感じます。今回は映画と工業についての話題です。

高坂利光

 関東大震災当時のキャメラはまだ電動ではなく、手回しクランクによる駆動でした。この時代を代表する撮影機に〈パルボ〉がありますが、堅牢な躯体、400ftのフィルムを内蔵できるにもかかわらず小型、そしてキャメラマンが正しい回転スピードでクランクを回せるよう、タコメーターもついているという優れモノです。パルボはサイレント時代の巨匠たちの夢を実現する機械として大きな信頼を勝ち取ります。アベル・ガンス、エイゼンシュテイン、レニ・リーフェンシュタール…中でも有名なのがジガ・ヴェルトフです。ヴェルトフの『カメラを持った男』(『キャメラを持った男たち』はこのタイトルを複数形にしてオマージュをささげています)に出てくるカメラマンはパルボを持って1920年代のソビエト=ロシアのダイナミズムをアクロバティックに撮影します。その様子を撮影しているのもパルボなのです。

パルボカメラ
ジガ・ヴェルトフ『カメラを持った男』

『キャメラを持った男たち』ではユニバーサルカメラが登場します。これは実際に関東大震災を撮影したキャメラとして記録に残っているからです(白井茂の証言、そして撮影機の外函に入っていた手紙にその記述がありました)。
アメリカ製のユニバーサルカメラはパルボ同様フィルムを躯体に内蔵するカメラですが、400ftと200ftの二つの型があり、200ft型が映画に使われています。内蔵フィルムを200ftにすることでより軽量で取り回しが効きやすくなるからです。関東大震災の被災地をさまよったキャメラマンたちにとって、瓦礫や火災、嫌悪に満ちた空気はリスクの高いものでしたが、キャメラと三脚の重量もまた堪えるものだったでしょう。少しでも軽量な機械を、という思いからユニバーサル200ft型を選択したのは賢明な判断だったと思います。そして、撮影対象や現場のニーズに応えて複数のラインアップを揃えるアメリカの工業力にも感心させられます。

ユニバーサルカメラ200ft型

 『キャメラを持った男たち』のユニバーサルカメラは普段、神戸映画資料館に所蔵されていて、館長の安井喜雄さんのご了承を得て実際にフィルムを入れて撮影することができました(歴史的なカメラを使って撮影すること自体暴挙に等しい申し入れだったのですが、安井さんの豪胆な快諾ゆえだったことを書き添えます)。
 100年ぶりに展示物から撮影機としての本来の役割を担うことになったユニバーサルカメラでしたが、さすがにシャフトやギアといった駆動系は経年で硬くなっており、クランクハンドルの回転もずっしりと重く、これで回すと内部がポッキリ折れちゃうんじゃないかと心配でしたが、業者さんにお願いして駆動部を注油するととても快適かつ滑らかに回るようになりました。
 このカメラで撮影した藤原キャメラマンによると、ユニバーサルカメラのクランキングは意識して回転させるのではなく、最初の立ち上がりに気をつけてさえおけばあとは慣性的に機械が駆動するそうです。人の手だと何を撮るか、どこを撮るかで気持ちが揺らいで、そのぶんクランクハンドルにかかる力に変化がおこる、その点慣性的な駆動にまかせることができるユニバーサルカメラは賢く、優れモノ、というわけです。
「これで秒16コマがキープできる」と、藤原さんが呟いていました。

ユニバーサルカメラの駆動
ユニバーサルカメラの駆動
ユニバーサルカメラを巡って藤原・芦澤両キャメラマン

 当時のサイレント(無声)映画はおおよそ秒16コマで撮影されていました(下記参考サイト1参照)。トーキー(画音を併せてフィルムに記録する技術)映画以降は秒24コマとなるのですが、それは手回しによる回転スピードに幅があると音のピッチにも狂いが生じるので、自然な音程で聞こえる速度を決める際に秒24コマという規格が定められたからです。これは現在のデジタルでも応用されているもので、24fpsと表記されています。
 サイレントの秒16コマですが、当時のカメラの多くがクランク一回転8コマ進むということを『キャメラを持った男たち』の制作で学びました。秒16コマなら1秒間で2回転クランキングする。キャメラマンからすればわかりやすく体得できます。藤原さんはスマホにメトロノームアプリをダウンロードして、0.5秒のビートを耳にできるようイヤホンに出力して撮影しました。
 こうしてよみがえったユニバーサルカメラは見事なまでに震災100年の東京を35㎜フィルムに焼き付けたのです。

ユニバーサルカメラでの撮影
写された震災100年後のフィルムもまたアーカイブされていく

 35㎜映画フィルムはその誕生から現在に至るまで、幅やコマの面積、パーフォレーション(フィルムを送り出すために端に穿たれた穴)の間隔は規格化されていて変わりありません(下記参考サイト2参照)。変わらないからこそ、100年前のカメラで撮影できたのです。

ユニバーサルカメラにフィルムを装填する

 『キャメラを持った男たち』では1917年の震災前・1923年の震災直後・そして2022年の西郷隆盛像が出てきて、過去と現在とが地続きで連なっていることをイメージとして観ることができます。このイメージもフィルムの規格化による恩恵によって得られたものと言えます。これがデジタルだと、時代ごとにメディアが刷新されてそのたび毎にどのフォーマットで残していくべきかが問われ続けることになります。
 規格をもうけることで機械やその技術が標準化され、広く普及するのが工業というものだとするならば、映画こそ工業(この言葉の中には現像における化学やレンズを製造する光学も含まれます)技術が凝縮されたものなのです。『キャメラを持った男たち』を作っているあいだに手にしたフィルムは各々の時間や空間をプリントした、やたら長いリボンのようでした。工業製品であるフィルムは、まさにオーソン・ウェルズの言うように「夢のリボン」だったのです。

1917年・震災前の西郷像
1923年・震災直後の西郷像
2022年の西郷隆盛像

 
(写真は『カメラを持った男』以外はすべて『キャメラを持った男たち』より)

※参照サイト1
「無声映画の映写速度」入江良郎
chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.nfaj.go.jp/wp-content/uploads/sites/5/2019/01/NFC28_p11_15.pdf
サイレント撮影におけるコマ送りの速度は映画製作会社の社風やキャメラマンたちの個性、経験、コツによって幅があります(google chrome意外では閲覧できない可能性があります)。

※参照サイト2
35㎜フィルムについての百科全書的解説
https://academic-accelerator.com/encyclopedia/jp/35-mm-movie-film
元が英語版ですが日本語訳も用意されてあります。Languageボタンから言語変換してください。

〇ドキュメンタリー映画『キャメラを持った男たち-関東大震災を撮る-』公式サイト

●井上実『キャメラを持った男たち-関東大震災を撮る-』演出

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