映画「スープとイデオロギー」  園崎明夫

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ヤン ヨンヒの映画を観ているか観ていないかで、北朝鮮という国についての見方はずいぶん変わります。

近くて遠い国、軍事独裁制の国家への怒りや恐怖や悲しみや焦燥感とともに、かの国で暮らす人々への親近感が湧いてきます。

『ディア・ピョンヤン』『愛しきソナ』『かぞくのくに』、どの作品も観る人のこころに深く沁み込んでゆく感動があり、ヨンヒ監督の包み込むような優しさと切実な家族や同胞への想い、後悔、愛しさが溢れています。

映画作品として、比類のない素晴らしい表現領域に到達していると思います。

そして、今回の『スープとイデオロギー』。さらにさらに素晴らしいです!ためらいなく傑作と言えます。

©PLACE TO BE, Yang Yonghi

オモニの認知症のこと、鶏とニンニクのスープ作りのこと、監督自身の結婚のこと、在日コリアン家族のホームムービーのように始まりながら、オモニの「済州4・3事件」の記憶から韓国・北朝鮮・日本の歴史へと繋がり広がってゆく、ヤン ヨンヒ監督の映像表現の強度、完成度は圧倒的で、その作品歴からしても、おそらくは最高のものでしょう。

監督のコメントがこの映画の本質を見事に語っています。

「『スープとイデオロギー』というタイトルには、思想や価値観が違っても一緒にご飯を食べよう、殺し合わず共に生きようという思いを込めた。一本の映画が語れる話なんてたかが知れている。それでも、一本の映画が、世界に対する理解や人同士の和解につながると信じたい。私の作品が多くの人々にとってポジティブな触媒になることを願っている」

まさに、そのように、その言葉通りこの作品は作られ、観た人の心になんらかの触媒となってポジティブな変化をもたらすでしょう。そして、「一本の映画の力」についても、あらためて、明確に端的に力強く語る、こんなに聡明で、優しく、不屈の創造性をもった映像作家を我々の時代が持てたことに心から感謝すべきかもしれません。

ヤン ヨンヒ監督 ©Emi Naito

あとひとつ付け加えるならば、本編中でヤン ヨンヒ監督自身、よく泣きます。何度も泣きます。

映画的にあえて言えば、「女優の誕生」といってもいいのかもしれませんが、話が長くなるのでそれはさておき、「泣く」ということの意味を、我々はあらためて、この映画で大きな感動とともに発見することになるでしょう。おそらく戦後の日本人も、戦争で死んだ親しい人々を想って「泣き」つつ、戦後復興に励んだ日々には、その意味を皆が理解していたのだと思います。ヤン ヨンヒ監督の涙が、オモニの苦難の人生と朝鮮半島の大きな歴史を、「泣く」ことで、自分のものとしようとしている姿のように私には見えました。

○そのざき あきお(毎日新聞大阪開発(株)Mエンターテインメント統括プロデューサー)

●公開日程
6月11日から関西では、シネマート心斎橋、第七藝術劇場、京都シネマ
東京ではユーロスペース、ポレポレ東中野。
元町映画館など全国の映画館で順次公開!
https://soupandideology.jp/
冒頭の写真のコピーライツ ©PLACE TO BE, Yang Yonghi
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