大阪のメディアを考える「大阪読売新聞 その興亡」7 安富信

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1980年末の支局忘年会。左が筆者、右が初代I支局長

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居酒屋で「α(アルファ)さば」を注文した特ダネ記者

「抜いた、抜かれた」に命をかけた駆け出し時代だった。しかし、その裏側では、笑うに笑えないエピソードが多い。38年間、新聞記者をやって来て、何度か「特ダネ」を書いたことはある。だが、決して特ダネ記者ではなかった。それは、ひょっとすると、特ダネ記者は生まれ持った性格や資質によるものだと今は思う。もちろん、努力で何とかなることもあるが、いざという時にタイムリーを打てる打者が一流と言われるのと似ている。
そういう意味では、当時の松江には特ダネ記者がいた。山陰中央新報の西尾俊也記者、毎日新聞のO記者、そして、後輩の真田南夫記者だ。真田君は身長160㎝そこそこの華奢な体で、大阪弁丸出しの失礼ながら風采が上がらない男だった(ごめん、真田君)。彼は筆者が3年目の昭和56年4月に松江支局に赴任した。鬼のようなI支局長はまだいた。当時、地元で採用されたY記者と一緒に支局でしごかれていた。1か月後、頭頂部に十円玉くらいの禿ができていた。極度のストレスからくる円形脱毛症だ。筆者も1年生の時に十二指腸潰瘍を患った。
しかし、その真田君は非常に人懐っこく、すぐに松江の街に溶け込んだ。例の喫茶店では、怪獣の映画話をしていた松江署の刑事たちに向かって。突然「ゴジラは戦こうてまへん!」と大声で怒鳴ったという。どうやら、ガメラとゴジラが映画で戦ったとか戦わないとかで刑事たちが“議論”していたのに割り込んだようだ。以来、真田記者は「戦こうてまへん」記者となった。一緒に行った行きつけの居酒屋では、黒板に書いてある品書きを指さして、「このα(アルファ)さばをください」と言った。筆者も女将さんも?? 黒板を見ると、「〆さば」と書いてある。大笑いだった。アホか! しかし、後にこのエピソードは、彼が受けるために仕込んだネタだとわかる。とにかく、真田記者は警察で夜の街で人気者になった。
そんな訳で、この連載の6にも書いたが、1年目から真田記者は、相次いで特ダネを取ってきた。思うに、頼りなそうに見える彼には、刑事さんたちも可哀そうに思ってネタをくれたのだろう。翻って筆者はというと、ちょっと事件記者だという格好を付けていたので、誰もネタをくれなかった。

手柄焦って朝日に抜かれる

ある日、彼がひそひそ声で話しかけてきた。「松江署の刑事2課で、高齢者雇用給付金詐欺という面白い事件をやってますよ」。要するに、松江市内の企業で、高齢者を雇えば、国や自治体からお金が支払われる制度を悪用して、給付金をだまし取っているという。面白い!1社トップ記事だ、と生意気に確信した。
本来なら支局長や次席に報告して、先輩たちと合同取材をするべき大事件だ。しかし、手柄を焦ったぼくたちは、ひっそりと2人だけで取材を続けた。捜査員に当たってもなかなか詳しい状況がわからない。ただ、会社の名前だけはわかっていた。仕方ない、直当たりだ、と2人でこの会社を訪れて社長に話を聞いた。見事に胡麻化された。そうこうしているうちに、真田記者は刑事2課長から「朝日も動いとるで」と耳打ちされたが、一向に事件の概要が書けない。翌日、朝日に社会面トップで抜かれた。
よせばいいのに、この段階で支局長に「以前から知ってました」と報告。アホか! 当然、支局長からは大目玉を食らった。がっくりと肩を落としながら、翌朝、真田君と2人で松江署に連行されて来る社長の姿を写真に撮ろうと張り込んでいた。筆者は表玄関に、真田君は裏口の階段下で。彼の大きな声が聞こえた。「なんで突き飛ばすんや!」。裏に回ると、小柄な真田記者が吹っ飛んでいた。屈強な捜査員2人が悠々と被疑者を取調室に連れて行った。すぐに、副署長のところに行き、「取材妨害で訴える!」と猛抗議した。しかし、老獪な副署長に嘲笑された。「朝日に抜かれて悔しいのはわかるが、お門違いやないか」。赤面した。
まあ、ヤジさんキタさんの漫遊記のようなものだ。本人たちはいたって真剣なのだから、余計におかしい。こうして、2人は特落ちを呪って酒を飲み、夜中の県警本部の捜査2課の窓に向かって、「ばかやろう!」と怒鳴った。

気さくだった同年代の検察官

警察はガードが固かったが、松江地検の検事たちは比較的歳が若く、年代も近いので親しくしてくれた。検事の部屋は独立しており、事務官と2人でいたので、検事か事務官と親しくなると、部屋に入れた。特に、閉庁時間の午後5時を過ぎると、検察官室でビールを飲んだ。そこで、雑談しながら、時に事件の話をした。新聞記者にとって良き時代だった。当然、熱心な記者たちは夕方になると、足は検察庁に向かった。松江地検の若い検事たちは初任明けと言って、初めて地方で自分一人の事件を持たせてくれる場所だった。大抵30歳そこそこのさんたちで、概ね数年後転勤する。全国紙の記者たちと少し異動パターンが似ているので、概ね気さくに話をしてくれ、仲が良くなると、飲みに行ったり、大山にスキーにいったりした。
警察担当も4年目を迎えた。真田記者は早稲田大学理工学部金属工学科卒で、理系記者を目指していた。「警察回りなんか1年で辞めたい」と常々言っていた。春に来た新人は地元島根県平田市出身の事件記者志望T君。地元では野球の名門高校の野球部員でチームメートに2人もプロ野球選手がいた。本人も身長180㎝近くの好青年だった。めでたく真田記者は松江市役所担当になり、中海・宍道湖の干拓淡水化問題の取材をすると張り切っていた。
ちなみに、真田記者はその後、念願の科学部記者になったが、なんと!最後は運動部のボクシング、競馬担当記者となった。最近、読売を定年退職したらしいが、運動面の競馬予想で「大阪 真田」で〇や●、△の印を付けていた。予想が当たったかどうか? 競馬をしない筆者は知らない。

新婚の妻が保険金目的で夫殺害 地元紙のライバルが特報

T記者とコンビを組んで数か月後だった。「新婚旅行から帰宅直後 妻と愛人に殺害される 保険金目的か」。山陰中央新報社会面トップ記事だ。またも、西尾記者にやられた。ネタ元は検事だろう。数日前から変な動きをしていた。事件の概要はこうだ。舞台は、昨年夏女児誘拐殺人事件が起きた石見町。新婚旅行から帰って来て、双方の親にあいさつに行き、マイカーで新居に向かおうと運転席に乗った途端、後部座席に隠れていた新妻の愛人T容疑者に首を絞められ、新妻に下半身を殴打されて殺害された。T容疑者らは、エンジンをかけてギアをローに入れて車をがけ下に突き落とした。当初、夫がバックせずに誤って前進した交通事故死と処理されたが、匿名の情報提供があり、県警が1年かけて極秘捜査した結果、保険金殺人事件として立件したのだった。

少年探偵団、特ダネめざすも空振り

まあ、見事に抜かれた、いい事件だった。仕方なく追いかけた。その数週間後だったか? T記者が耳寄りな情報を掴んできた。保険金殺人疑惑のT容疑者に1年前の女児殺害容疑があるというのだ。聞けば、T容疑者は地元では有名な悪で、様々な事件に疑惑があった。最近では、女児殺害事件で被告が無罪を主張し、公判の行方が危うくなっていた。そこで出てきたのが、T容疑者の犯行だ。2代目少年探偵団が結成された。
春から来ていた新支局長Hさんに、事情を話したところ、二つ返事で現場取材が認められた。H支局長はお酒が大好きな好々爺だった。真田記者の十円禿も治った。ともかく、2泊3日で結論を出せと言われて、石見町で聞き込みをした。車で現場に向かう2人は、意気軒高で、まるで言葉は悪いが戦場に行くように気分が高揚していた。しかし、3日間の取材で確証は何も掴めなかった。噂話は百を超えていたが。今から考えると、悠長な、しかし、大真面目な記者の時代だった。
それからは、西尾記者と毎日のO記者の動きが気になって仕方なかった。後に西尾記者に聞けば、敵も同じようなもので、筆者が記者クラブに来ない日は、2人で「安富は何を追いかけているんやろか?」などとお互いの腹の探り合いをしていたという。そういう時は必ず、秘密の取材でどこかに出かけ、マイカーは県警の駐車場に置いていた。わかりやすい。
数か月後、T記者が成長し、「いつまでも事件記者をやっている場合ではない」?と言って、警察回りを中退した。次の持ち場は松江市役所。いわゆる行政回りだ。しかし、ライバルはどこにでもいる。(つづく

やすとみ・まこと 
神戸学院大現代社会学部社会防災学科教授 
社団法人・日本避難所支援機構代表理事
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