「ベルファスト」60年代のポップアイコンたちがスクリーンを横切っていく 映画ヒョーロクダマ(ライター)

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© 2021 Focus Features, LLC.

裏の安田の兄ちゃんにべッタンかすめとられてべそをかいてたおれの隣で鼻くそをほじっていたのはケネス・ブラナー、あんただな。おれとおない年だろう。
極東の島国の工場地帯と北アイルランドの造船の町は風景もそっくりだ。ガキどもが転げまわって遊んでいる路地裏や空地はきっと同じような鉄塵の匂いがたちこめていたはず。その金臭さが鼻孔によみがえった。
同時に思い出したのが銭湯の湯垢と石鹸の匂い。風呂の脱衣場に映画ポスターが貼ってあった。「恐竜百万年」そして「チキチキ・バンバン」。どちらも強烈に見たかったが貧乏長屋のガキにシネラマスコープの劇場は遠かった。
ブラナーあんたは映画館で見たのか。うらやましい。で、それを再現するのに、自分らはモノクロなのに、劇中映画はちゃんと総天然色なんて。すごいアイデアを使うじゃないか。コロンブスの卵だね。
他にもおれとあんたでお気に入りだったものは共通してる。ジョン・ウェインやゲイリー・クーパーの西部劇とか、スタートレック「宇宙大作戦」。こっちはテレビの洋画劇場やドラマだからおれんちでも見ることができた。あんたんちと同様、どっちかといえば親父の方が夢中になっていたけど。親父の話はまたあとでしよう。
あんたみたいに「サンダーバード」のユニホームは持ってなかったがプラモデルはお年玉で買ったよ。夏休みにアポロ11号月面着陸も生放送で見た。日本では蝉のうるさい真っ昼間で、ソーダアイスとブラウン管に噛り付いてたな。
この映画は世界の老若男女にアピールすると思うが、59年、60年この世にデビューのおれらにとっては特別な作品になっている。可愛すぎる子役に比べて、ケネスあんたはもっとひねたガキだったと思うが、そのぶん周囲のヤバすぎる政治状況も含めて大人の世界の辛苦にアンテナを張り巡らせていたんだろうな。

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2019年の不穏なニュースと作品誕生のつながりを考えた

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古い楽曲「ハイ・ヌーン」が二回響く。歌の調子は長閑だが、歌詞自体はけっこうテンパっている。リフレインされるDo not forsake me Oh my darling 「俺を捨てないでくれダーリン」。女房に愛想を尽かされかけた親父パの心情とぴったり重なる。いいやつなんだが金にルーズなんだな。
いっぽうこれは戦いを宣言する歌でもある。I do not know what fate awaits me I only know i must be brave 「どんな運命が待とうがおれは勇敢に立ち向かわなければならない」。ロイヤリストたちの暴力に対して親父がついに牙をむくときに歌詞のこの部分が流れる。そう、親父はやるときはやる男なんだよな。
ところで「ハイヌーン」は「真昼の決闘」の主題歌だね。そう、ケネス、あんたもテレビで見てたやつ。
これは引退間際の保安官が新婚旅行に旅立つ寸前に、復讐にやってきた悪漢四人組に立ち向かわなければならなくなるという物語だ。町の人々は何やかやと言い訳を取り繕って誰も手を貸そうとしない。人々が隠れてしまって真っ白になった街路に立つゲーリー・クーパーの孤絶が胸に突き刺さるリアリズム西部劇だ。
脚本家はマッカーシーズムの赤狩りでこっぴどい目にあい、アメリカのリベラリズムへの絶望と微かな希望を託してこの話を作ったという。歌詞は主人公の心理と行動がそのまま描かれていて、主題歌としては珍しく、ドラマの肝だけでなくほぼ全編にわたって流れ続ける。
「真昼の決闘」のクーパーは辛うじて悪漢たちを倒す。でも、それを見て集まってきた町の連中に苦々しい目を向けて去っていくんだな。形としてはハッピーエンドだが中身はひどくビターだったよ。
ケネス、あんたの親父はベルファストを去る時に何を考えていたのだろう。気心が知れた人々が突然赤の他人になってしまう、そんな故郷をどんな風に思っていたのだろうか。なに、映画と現実をごっちゃにしてるって? そういう気にさせる映画を撮ったあんたのせいだから仕方ないよ。
あんたたち一家が去ってすぐ、英国と結託したロイヤリストがまたベルファストを血に染めた。それでナショナリスト側のIRAも反攻に出た。次に英国空挺部隊が非武装のデモ隊を襲撃して、北アイルランド人の大勢が死んだ。「血の日曜日事件」だ。
それから英国本土で次々とテロ事件が起きた。IRAの報復だと言われている。またお決まりの暴力の連鎖。ひどい話さ、ケネス。あんたはそこまで描いてないけど。
1998年に一応は和平が締結したが、2019年にIRAが復活したらしい。イギリスのEU離脱問題がアイルランドに飛び火したんだってよ。あんたがこの映画の脚本を書き始める直前だ。この件に多少なりとも触発されたのかは、おれにはわからない。まったく別の話ならそれでもいいんだが、このセンチメンタルであたたかい映画の核心には現実の悲痛な歴史があることは確かだよ。映画を観た奴がこれをきっかけに、いろいろ史実を学び始めるといいかもな。

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「ベルファストはとてもパーソナルな映画だ」とあんたは言う。しかし映画において個人的ってことは普遍的ってことだ。あんたは百も承知で言ってるはずだよな。
シェイクスピア劇の舞台俳優ケネス・ブラナーの芝居は、映画だとハッキリ言って大味で好きじゃなかった。エルキュール・ポワロ役も「禿はいやだ」って本人のわがまま通しすぎって思うしね。しかし脚本家・監督としてのあんたは、すごく気に入ったよ。
生意気だ、タメグチ聞くなって? ごめんよ、サンダーバード3号の鉛筆立てやるから、これで勘弁してくれ。
「ナイル殺人事件」は観に行くと思うよ。

3月25日からTOHOシネマズ 梅田、TOHOシネマズ なんば、
京都シネマ、TOHOシネマズ 西宮OS、シネ・リーブル神戸他にて公開。
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