本当に随分、サボってしまった。昨年8月20日で連載が止まっている。
またもや言い訳になるが、この3月、12年間教鞭をとっていた神戸学院大学現代社会学部社会防災学科を定年退職し、第三の人生を歩み出した。半年間はその準備で忙しくしていた。住居を完全に島根県松江市に移して1か月、ようやく連載のことを思い出した次第である。
この連載もいよいよ終盤に差し掛かってきた。あと10回くらいかな。人防編最後となる予定だ。

ハリケーン水害のニューオーリンズへ
2005年7月から翌年の6月末まで1年間の人防生活の中で、最大のイベントが2006年3月19日から8日間の日程で訪れた米ルイジアナ州ニューオーリンズ市での調査・研究である。
前年の8月29日にルイジアナ州南東部に上陸したハリケーン・カトリーナの水害について、①州政府・地方政府の災害対応を概観し、問題点を探る ②ICS(IncidetCommandSystemつまり災害などの緊急事態において組織や器官の違いを超えて共通の指揮系統、役割、用語を用いながら現場対応をマネジメントするための標準化された指揮システム)やEMACなどの仕組みがどの程度有効だったか ③ICSの有効性に影響を与える制度的・管理的・政治的要素は何か ④日本の地方政府が標準的災害対応システムを構築する場合に考慮しなければならないことは何かー―の4点から調査・研究した。
筆者も「大規模災害時の広報」の視点で調査チームに加わった。メンバーは、大野淳・人と防災未来センター副センター長と永松伸吾、越山健治、近藤民代、近藤伸也専任研究員と私の計6人。
市域の8割水没
カトリーナは8月25日にフロリダ州に上陸、いったんメキシコ湾に抜けるが、29日にルイジアナ州に再上陸した。その後北上してミシシッピ州の東部を通過中に熱帯性防風になるが、ニューオーリンズの8割が水没したと報道された。
死者はルイジアナ州で1577人、ミシシッピ州で238人など計1836人。行方不明135人だった。ニューオーリンズ市のポンチャートレイン湖が氾濫したことが被害を大きくしたようだ。被災から7か月後の調査だったが、被害の傷痕はすさまじく、ジャズで有名なニューオーリンズの繁華街の5分の1も復旧していなかった。
初めての本格的な被災地調査のうえ、海外だったので、英会話が不得意な筆者にとって、かなり厳しい調査旅行だった。しかし、他の5人はしっかりした会話でそのうえ、専門語を駆使してテキパキと調査をこなした。流石だった。
越山研究員は「アメリカの災害対応の特徴」と題し、優れた点として、ESF(災害業務支援機能)という仕組みが非常に効果的に利用されていることとし、日本の災害対応にも参考になるとした。近藤民代研究員は「Incident Command Systemの運用実態と広域応援の仕組み」、永松研究員は「米国の地方行政の特色と標準的危機対抗システム」、近藤伸也研究員は「情報活用システム」とそれぞれの専門の視点から調査し、研究の課題を広げた。
積極的にマスコミを利用
筆者は、現地のマスメディアの対応を調査した。
地元新聞社の「タイムズ・ピカユン」(発行部数26万5000部)は29日早朝、発電機がダウンしたため新聞の発刊が出来なくなったため3日間、発行を止め、ホームページ上で紙面を発表した。家族を含めて300人が3週間、社内で避難生活をしたが、「新聞は止めない。新聞を出し続ける」を頭に努力したという。
FEMA(連邦緊急事態管理庁)の現地事務所であるバトン・ルージュ市のJFOという組織を取材し、広報のシステムについて聞いた。簡単に言って驚いた。流石に大国アメリカだ。100平方㍍以上もあるメディアセンターには50人以上の記者が詰めることが出来、数十人の広報担当者が対応するという。職員は「アメリカのマスコミは一面的にしか書かない。上手く使えば、国民に報せるうえで必要だ」。
日本と違って、マスコミを上手く利用しようとする姿勢に溢れていた。この経験は筆者の後の、自治体関係者に対する「マスコミ対応、報道対応」などの講義で大いに役立った。「マスコミを利用して、被災者に届ける情報を広げよう」。

名物ナマズに舌鼓
来る日も来る日も、難しい専門英語が混じった調査に頭が痛い日が続いたが、夜だけは別だった。
読売新聞の出張規定だったので、航空機はビジネスを利用できたが、あえて、研究員らと同じエコノミーに座った。アメリカ国内での移動機では後悔した。隣に大きな人が座ったら、息苦しかったから。
夜の食事は、当時かなりの円高だったので、比較的贅沢が出来た。ニューオーリンズ名物のオイスターやナマズに白ワインなど、たくさんいただいた。
8日間も調査旅行を一緒にしていると、意外な出来事もあった。固有名詞は書かないが、ある研究員が移動のタクシーの中で絶叫した。
どうやら後ろについたバスの中に苦手な先輩研究員が乗っているらしい。私たちと同じようにニューオーリンズ調査に来た知り合いの一行だった。よほど苦手なようで、運転手に「早く早く逃げて」と叫んでいた。ふだんはクールで毅然とした研究員だったので、「人間誰しも苦手があるんだな」と妙に感じ入ってしまった。
何度か冷やかしていたのだが、帰国してから、筆者が読売新聞で「ハリケーン調査で学んだこと」の特集記事を書いた際、「ICS」について触れた個所に随分と朱筆を入れられ、「安富さん、全然理解してないですね」と言われたことを今も覚えている。

コメント