ドキュメンタリーの特異な表現領域に到達した、「重要な映画」―『マミー』 園崎明夫

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(c)2024 digTV

和歌山毒物カレー事件―1998年7月和歌山市園部の夏祭りで提供されたカレーに猛毒のヒ素が混入。67人がヒ素中毒を発症し、小学生を含む4人が死亡した。犯人と目されたのは近くに住む林眞須美。凄惨な事件にメディア・スクラムは過熱を極め、自宅に押し寄せるマスコミに彼女がホースで水を撒く映像はあまりにも鮮烈だった。彼女は容疑を否認したが、2009年に最高裁で死刑が確定。今も獄中から無実を訴え続けている。

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事件発生から四半世紀。このドキュメンタリー映画は「目撃証言」「科学鑑定」への反証を試み、「保険金詐欺事件との関係」を読み解くことで最高裁判決に異議を唱える。眞須美死刑囚の夫・林健治氏は、自らが法を犯し刑に服した「保険金詐欺」事件の実態をあまりにもあけすけに語り、確定死刑囚の息子として生きてきた林浩次(仮名)がなぜ母の無実を信じるようになったのか、その胸の内を明かす。

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テレビ・ドキュメンタリーの分野で活躍してきた二村真弘監督の初映画監督作品。これほど力のあるドキュメンタリー映画はめったにないのでは。スクリーンから放射される熱量、メッセージの強さが並外れていると感じます。すでに最高裁判決で確定している刑に異議を唱える映画はこれまでもあります。熊井啓の『帝銀事件死刑囚』など、かなりの力作だと思いますが、おそらくドキュメンタリーで出来ないことをフィクションでやった作品でしょう。しかし、『マミー』は真逆で、とてもフィクションで表現できないであろう人物像や視点を、ドキュメンタリーで実現してしまった作品だと思います。死刑判決に至る証言や鑑定の矛盾点、「疑わしきは罰せず」の根幹に関わる「合理的な疑い」が存在するという説得力、マスコミや「世間」の力の多大な影響力など、映画はとても丁寧に描き、「合理的・論理的に確定判決に異議を唱える」作品だと言えます。

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そして、さらにこの作品が見事なのは「毒物カレー事件」や「保険金詐欺事件」の関係者である実在の登場人物たちの「思考」と「行動」を的確に映像に収め、他のドキュメンタリー映画とは一線を画す、特異な表現領域に達していると思えることです。その記録映像を見て知る「人が生きてゆくこと」の姿に、我々観客は、翻弄され、圧倒され、確実に心を揺さぶられるでしょう。夫・林健治氏のきわめて個性的な言葉の数々や行動記録からは、どういうわけか「人間はこれほど自由な存在なのか」という奇妙な感動すら覚えてしまいます。

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とはいえ、林眞須美死刑囚のご家族たちの、事件後の様々な人生を見つめる二村監督のあくまで冷静、客観的な視線は、ドキュメンタリーの本質を捉えて揺るぎないものがあり、作品のテーマも映像の力も含めて、ぜひ多くの観客に今観られ語られるべき「重要な映画」ではないでしょうか。

〇毎日新聞大阪開発エグゼクティブ・プロデューサー  園崎明夫

●映画『マミー』は8月3日(土)から全国順次公開。関西では8月3日から、大阪・第七藝術劇場、京都シネマ、神戸・元町映画館で公開。『マミー』公式サイトは以下です。

映画『マミー』公式サイト
映画『マミー』公式サイト 映画『マミー』8月3日より公開
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