政府方針に異を唱え続ける「和歌山方式」を可能にするもの   福島隆史(放送局員)

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司令塔はノジリさん

「まもなく”ノジリさん”の会見が入ってきます」

和歌山県のテレビ局で働いている私が、局内でほとんど毎日耳にするアナウンスだ。これが聞こえてきたということは、その日のコロナの状況について県の発表会見があったということ。

”ノジリさん”とは、新型コロナ対策の指揮をとる県福祉保健部の野尻孝子技監のことだ。つまり、私の仕事場では、コロナのことを、その対策にあたる人の名前で呼んでいる。

それは、テレビ局で働いている人でなくても同様だ。和歌山県のローカル局の夕方のニュースにはほとんど毎日、知事ではなく、“ノジリさん”が登場する。

知事は、自粛要請など感染対策の節目になって出てくることがほとんどで、基本的に、県民に最新状況を説明し感染拡大防止のメッセージを日々発信する役割を担っているのは“ノジリさん”だ。そのため、その名前は県民に広く認知されている。そして、この“ノジリさん”こそが、全国の中で比較的感染の拡大を抑えている「和歌山方式」の陣頭指揮を執っているのだ。

「和歌山方式」は積極的な疫学調査とPCR検査

県独自の方針を次々打ち出し感染対策にあたる「和歌山方式」。

和歌山での新型コロナ対策の指揮をとる和歌山県福祉保健部の野尻孝子技監その特徴は、「疫学調査」と「PCR検査」を積極的に実施することにある。県内に8か所ある保健所が、新型コロナウイルスに感染した人たちに対して、細かな行動履歴の聞き取り調査を実施。

これによって明らかになった、濃厚接触者と考えられる人には原則的にPCR検査を行っていく。こうすることで、詳細な感染経路を捕捉し、まだ見つかっていない感染者を探し出すことができる。

ガラケー駆使し、「クラスター図」づくり

各保健所が集めた感染者などの情報をとりまとめているのが、野尻技監だ。野尻技監の持っている“ガラケー”には、保健所からひっきりなしに電話がかかってきて、新たに判明した感染者などの情報が集まってくる。

こうした情報を基に、野尻技監が作っているのが「クラスター図」。ある感染者からの感染拡大の様子をまとめた資料だ。感染者から特定できた濃厚接触者をツリー状にまとめ、それぞれの調査状況やPCR検査の結果を書き添える。このように、保健所から上がってくる情報を、野尻さんがまとめることで、保健所の管轄範囲を越えて行動している感染者がいたとしても、その濃厚接触者を特定することができる。2020年2月、湯浅町の病院で全国初の病院内クラスターが発生して以来、こうした対応を続けることで、感染経路不明者をできるだけ少なくし、感染拡大への対応をたてやすい状況を作ってきた。

「コロナ陽性」は全員入院

さらに、見つけることができた感染者に対しても、異例の対応を取ってきた。政府が打ち出している「自宅療養」とは異なり、PCR検査で陽性が確認された人については、原則「全員を入院させる」対応をとってきたのだ。

野尻さんが、普段からつながりのある県内の病院と交渉し、コロナ患者の受け入れや病床数の調整を行ってきた。こうして、感染者の状態が急激に悪化する兆候を逃さず治療にあたることができる体制を貫いてきた。

こうした体制を実現するために、野尻さんは、行政のトップである仁坂吉伸知事との連携を密にしている。野尻技監のもとに集まる最新の感染状況を常に共有して、必要な対策を提案していく。それによって、上記の対策以外にも、市町村職員の保健師に退院者の健康観察を担わせるなど、感染者の洗い出しから退院後の患者の状況把握まで、こまやかな対応を次々に打ち出すことができている。

削減しなかった保健所体制が下支えになっている

ただ、和歌山県が、政府の方針などに反して必要な対策を次々に打ち出していけるのは、野尻技監や県知事の力だけではない。これまでの県保健行政の地道な努力がある。

和歌山県庁

その大きな功績の一つが、保健所体制の維持を図ってきたことだ。全国の保健所は、これまで再編統合が進められてきた。戦後からの環境や人口動態の変化により、保健所は、結核などの感染症対策などだけではなく、公衆衛生環境や健康づくり、老人保健など、様々な業務を抱えることになった。そうしたなか、1994年に改正された「地域保健法」によって、住民に近い仕事の多くを市町村に移管することで、保健所の削減が進められてきたのだ。その結果、1989年度の時点では848カ所あったのが、2020年度にはおおよそ半分の469カ所に減少している。

しかし、和歌山県の保健所数は10カ所から8カ所となっており、比較的小幅な減少にとどまっている。さらに、保健師の数も全国から見て多い水準を保っている。少し前のデータだが、厚労省によれば、2018年度の人口10万人あたりの保健所と市区町村の常勤保健師数は35.9人。島根、高知に次いで全国3位だ。

こうして和歌山県が保健所の規模を維持してきたのは、南北に長く広い県域に対応することが求められてきたからだ。南海トラフ地震などの大規模災害に備えることに加え、県内に広がる山間部に住む県民にもきめ細かく対応することが必要とされてきた。こうした県内のニーズから保健所再編の潮流に抗ってきたことで、野尻技監をはじめとして、和歌山県は今、きめ細かなコロナ対策をとることができている。

「第5波」で患者急増、ホテル療養も独自基準

ワクチン接種が始まっても、全国的に勢いが衰えることなく広がった「第5波」。和歌山県でも、ギリギリの対応を迫られる事態となった。これまでほとんど感染が確認されていなかった県南部でもクラスターが出るなどし、病床のひっ迫が深刻な問題となった。

県は、コロナ対応病床数を、8月末で年度当初の5倍ほどとなる560床まで確保していた。しかし、感染拡大に歯止めがかからず、8月25日には病床使用率が90%以上となった。

そこで、県は、病床数のさらなる確保とあわせて、これまでも検討されてきた「ホテル療養」を、9月1日に遂に実施した。

「全員入院」の方針を堅持しきれないと判断したためだ。しかし、ホテルでの療養を原則にするということではない。発症から5~7日経過した無症状・軽症患者で医師が認めた患者のみ、つまり、県の退院の基準を満たす患者を対象にしている。これにより、感染がさらに拡大したときにも、感染の初期で悪化する患者を病院でみることができる体制を整えた。

感染を抑え込むために必要なことを見極めた上で、感染状況にあわせた独自の対策を打ち出し続けることで、感染拡大の抑え込みを図り続けている。

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