〈ある港町のお宮にたくさんの猫が住み着いたそうな めでたしめでたし なんてそう簡単にはいかんなあ〉 ドキュメンタリー映画『五香宮の猫』トークイベント

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『五香宮の猫』

瀬戸内海の風光明媚な港町・牛窓。古くから親しまれてきた鎮守の社・(ご)香宮(こうぐう)には参拝者だけでなく、さまざまな人々が訪れる。近年は多くの野良猫たちが住み着いたことから”猫神社“とも呼ばれている。2021年、映画作家の想田和弘とプロデューサーの柏木規与子は、27年間暮らしたニューヨークを離れ、この牛窓に移住した。新入りの住民である夫婦の生活は、瀬戸内の海のように穏やかに凪ぎ、時に大小の波が立つ。猫好きのふたりは、地域が抱える猫の糞尿被害やTNR活動、さらには超高齢化といった現実に住民として関わっていくこととなる。想田和弘監督最新作、観察映画第10弾『五香宮の猫』。

10月20日、大阪・十三の第七藝術劇場での上映後、想田和弘監督と柏木規与子プロデューサーが登壇し、トークイベントが行われた。司会は第七藝術劇場の小坂誠さん。その模様を報告します。

想田和弘監督(右)、柏木規与子プロデューサー

小坂

ニューヨークから牛窓に移られて、これまでの作品と違った部分もあったかと思います。まず、牛窓を撮られたところから、お話しいただけますか。

想田

牛窓を撮りに移住したわけではなくて、2020年に映画『精神0』のキャンペーンのために二人でニューヨークから東京に行きました。その時、コロナ禍が始まって、緊急事態宣言が出されて、飛行機が飛ばなくなって、ニューヨークに帰ることができませんでした。どうしよう。それで、これまで牛窓で、『牡蠣工場』や『港町』という映画を撮らせてもらって、牛窓は規与子さんのお母さんの故郷なんです。そういうご縁があったんで、牛窓に逃げたんです。暮らしているうちに、ここはいいなあ、ここに住もうか、となって、2021年1月から本格的に住むことになりました。その夏、規与子さんが、TNR活動へ参加することになったんです。

TNR:Trap・Neuter・Return(トラップ・ニューター・リターン)を略した言葉。捕獲器などで野良猫を捕獲(Trap)し、不妊・去勢手術(Neuter)を行い、元の場所に戻す(Return)というもの。

想田

TNR活動の場面は、この映画で描いていますが、最初に撮影した場面です。はじめは映画にするつもりもなくて、とにかく、カメラを回し始めました。結局気付けば、2年近くカメラを回して、こういう映画になったということです。

小坂

映画のタイトルは『五香宮の猫』。これまでの想田監督作品のタイトルは『選挙』であったり、『Peace』であったり、『精神』であったり、今回は五香宮という固有名詞が入っていますが…

想田

五香宮という場所を大っぴらにしてしまうと、猫を捨てに来る人がいるんじゃないか、逆に猫を誘拐する人がいるんじゃないか、猫を世話している人の中にこういう懸念があるんです。このことを僕らも心配していました。観光客が押し寄せて、地元の人たちに申し訳ないことになるんじゃないか、そういう不安もありました。だからタイトルをどうするか、ギリギリまで悩みました。でも、これは柏木が言っていたことですが、僕たちは、人たちの顔、猫たちの顔、神社の顔、そういう顔が見える観察映画をずっとつくってきて、いろいろな顔を描いてきました。どこかのお宮ではなくて、ここは五香宮なんだということをきちんと出したいなあと思いました。地元の人たちにとって、五香宮は誇りなんです。すごく大事にしている神社なんです。どこかの、匿名性の高い神社ではなくて、この神社なんだということを出したいと思ました。映画の手法自体はこれまでと全く同じで、リサーチはしない、事前打ち合わせはしない、台本は書かない、資金は自分たちが出すとか、観察映画10戒、10のルールがありますけれど、その通りにつくっています。

© 2024 Laboratory X, Inc.
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小坂

猫を追いかけて撮り始めたと思うんですけど、様々なものがこの作品に移り込んでいて、五香宮という場所は、いろいろな人の小さな活動によって成立している、維持されている、そういうふうに観ました。新鮮な発見でした。想田さんご自身、撮影する中で発見したところはありますか。

想田

まさに、そういうことを発見したんです。最初はTNRの作業を撮ろうと思って、五香宮に2、3日張り付くことになるんです。張り付いていると、いろんな人が出入りします。僕はおもしろそうな人が来るとカメラを向けます。一人の男性がやってきて、何をするのかなあと思って撮っていると、菊の苗を植えていました。五香宮に入れ替わり立ち替わり、猫にエサをあげる人、掃除や草刈りをする人、放課後に遊ぶ子供たち、猫の写真を撮る人。そういう人たちがいらっしゃるんです。それで、そういう様子を撮っているうちに、こういう場所って、すごく貴重になりつつあるなあと。誰もが出入り自由で、誰のものでもないから誰のものでもあるみたいな、すごく公共性が高いというか、最近の流行の言葉でいうと、これはコモンズなのかなあ、と段々思うようになりました。五香宮だけを、ずっと定点観察すると、どうなるんだろうと思い始めました。それで、カメラをずっと回しました。そうすると、猫の背後には必ず人間がいる、猫は自力では生きていけないから必ず人間の支えがいるから、猫の背後には必ず人間が映るし、人間の背後にはコミュニティや社会が映り込む。僕の興味がどんどんそっちの方向に行きました。

小坂

ほとんどというか、すべてというか、ボランティアで実施されていますね。

想田

そうです。

小坂

役割は決まっているんですか。

想田

決まっていないよね?

柏木

各自が自主的に、「俺はここを掃除するよ」「俺は水やりするよ」「これを片付けるよ」という風にされている感じです。

想田

誰かが役割分担を決めるとか、シフトを組むとか、一切無いんです。みなさん、他の人の動きを見ながら、「あのへんがちょっと足りないなあ」とか「あの人はあそこで草刈りをやっているから僕はこっちをしよう」とか。人の動きを見ながら自分の動きを決めていくみたいな感じです。これは、顔が見えるコミュニティじゃないとできないですよね。みんなが知り合いで、お互いのことをよく知っていないとできない。こういうコミュニケーションのあり方は多分、先進国の各地でどんどんどんどん失われているんだと思います。かろうじて、牛窓ではまだ残っていて、僕はすごく興味深くみていたんです。猫のエサやりもそうなんですけど、あんまり決めてないよね。

柏木

決まってないんです。誰々さんが来ていない感じだから、ちょっとエサの量を多目にするとか、誰々さんが来られたようだから、やらずに帰るとか。なんとなく、雰囲気でみなさん動かれているんです。私もそうです。猫に会っていると猫の雰囲気でだいたいわかるんです、すごくお腹を減らしているとか、今は全然要らないとか。食べ過ぎはよくないとか、みなさん必死で、猫の健康を管理しておられる感じです。

小坂

不思議ですね。役割が決まっているわけじゃないのに、成り立っているのが。

想田

そうじゃないやり方がどんどん普通になっていく中で貴重だし、民主的と言うか、ヒエラルキーがないですから、みんな、横の関係なんですよ。だから理想的と言えば理想的だと思います。

柏木

猫にはテリトリーがありますから、「私はここでフンをするわ」とかあります。厳しいヒエラルキーもあって、そこは私たちも侵せないんです。

想田

猫はね、大ボスがいて、強さで決まっちゃうんです。オス同士は常にボス争いをしています。

柏木

五香宮の石段でケンカして、転んだり落ちたり激しいです。

© 2024 Laboratory X, Inc.
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小坂

コンスタントに作品を作り続けてこられて、今回が4年振りということですが。

想田

1年から2年に一本はつくるように自分に課していて、ガツガツやっていたんです。でも「もういいか」と思うようになって、それは瞑想するようになったのも大きいと思います。8年ぐらい前から、本格的に瞑想するようになりました。そうすると、欲望に駆り立てられているというか、活動に駆り立てられている自分に気付いて、それが自分の苦しみの根源だなあとわかるんです。瞑想して自分の心と身体を見つめる時間を持ちますので。今は仕事よりも毎日の生活の一つ一つを楽しんでますね。

柏木

ちょっとまともな人間になってきたという感じです。瞑想をはじめて。

想田

僕が実践している瞑想は、ヴィパッサナー瞑想と呼ばれていて、これは2500年ぐらい前、ブッダがこの瞑想方法を使うことで、悟りを開いたと言われている瞑想法なんです。しかもヴィパッサナーを日本語に訳すと観察瞑想というんです。僕は観察映画と呼んで映画をつくっているわけですから、これをやってみないわけにいかないでしょ。ということで試した。基本的には観察瞑想は、見て、認知して、受け入れる、ということなんです。要するに、何が来ても、それを否定しないで、受け入れる、瞑想をして、自分の心と身体を観察する、そうすると、いろいろな雑念も浮かび上がりますし、いろいろな欲や感情が浮かび上がります、それを認知して、受け入れて、手放す、それだけなんですね。観察映画もそうなんです。自分でプランを立てて、こういう映画をつくりたい、というマインドセットでいたら、何が来ても、違う!違う!どんどん否定することになる、そうじゃなくて、プランを立てないで、ゴールも設定しない、とにかく、行き当たりばったりで、カメラを回す、何が撮れてもOK、何が撮れても成功なんです。そこに失敗はない。目的地がないから失敗のしようがない。これが観察映画のコンセプトです。観察映画はよく見て、よく聞いて、観察瞑想も、自分の心と身体をよく見て、よく聞いて。だから非常に相性がよくて、映画をつくるのに、役立っているというか、楽にできるようになっています。

© 2024 Laboratory X, Inc.

小坂

今、猫ちゃんたちは減っていっているんですね。

想田

新たな世代が生まれないからね。

柏木

30匹以上いたんですけど、今は11匹になって、最近、新しく5匹増えました。どこからか連れてこられたんでしょうね。それは困ったことなんですが、一方で今、五香宮の猫がよく知られるようになって、参拝者も増えてきて、宮司さんは「お賽銭が増えてありがとうございます」と。(会場、笑い)

想田

最近、規与子さんは五香宮の掃除に参加しているんですけど、掃除の日に岡山のラジオに生出演して映画の話をする予定が入って、宮司さんに断りの電話を入れたんです。

柏木

私が休むと大変かなあと。私が一番の若手で、みなさんは70代、80代なんです。宮司さんに「申し訳ありません」とお電話すると、宮司さんは「それはでかした!宣伝のいいチャンスです。五香宮のことを世に伝えてください」と言われました。だから、ちゃんとラジオで五香宮のことを話しました。

想田

映画で、神事も撮影させていただいたんですが、これも維持するのがだんだん難しく、というか、瀬戸際なんです。五香宮だけではなくて、牛窓には小さな神社がたくさんあって、その大元締めが牛窓神社です。牛窓神社の神事もピンチなんです。だから地元の人の多くは牛窓にスポットが当たるこの映画を応援して下さるというか…。

柏木

宮司さんのように五香宮を宣伝してください、と言う人もいれば、逆に、五香宮という場所を特定してほしくない人もいます。

想田

その懸念もわかるんで、僕らは引き裂かれます。むずかしいところなんですが、僕は、この映画を観て、猫を捨てに行こうと思う人はいないと思うし、むしろ、そういうことはしないようにしたいなあという、もっとやさしい気持ちが生まれると思います。猫たちや人たちが顔の見える存在になることが、お互いがお互いに対して、やさしくなって、非暴力的になって、そして調和が生まれていく、そういう礎だと思っています。だから、そういうリスクがあっても、この映画をつくり上映することは必要なことじゃないかと思っています。むずかしいですけど。

小坂

五香宮に来るみなさんが顔を見合わせているから、猫の問題が起こっても、良い方向にもっていくように話し合いの場をつくることができるのかなあと思います。都市であれば、顔を見合わせている関係ではないSNSでやり取りする、そうなってしまいますよね。

想田

小さなコミュニティですから、誰かと気まずくなったらですね、ほんとに大変なんですよ。ゴミを出しに行くと、絶対に誰かと会うんです。だから誰かと気まずくなると、毎日気まずくなるんです。住民が牛窓に暮らしているのは地縁であって、考え方も価値観も様々で、そもそも、価値観がぴったり合うわけがないんです。だから、なんとか折り合いをつけて、一つのコミュニティ、一つの社会で暮らしていくわけですから、どうやって衝突を回避するか、大きなテーマなんですね。お互いが意見を言っても徹底的にはやらない、棚上げしていくみたいな、そういうところは、勉強になっているというか、この映画で発見したことの一つというか、なるほどなあと思いながら、撮影しました。

トークイベントの後半は、会場との質疑応答。

Q 五香宮の野良猫が減っているということですが、捨てに来る人がいるわけで、ゼロにならないと思います。猫の世話を誰かがやらないと猫がかわいそうだと思うんですが、世話する人も高齢で、世代交代はどうなっていますか。

想田

このままだと猫はゼロになると思います。新たに加わっても、里親を探したりするので、映画の最後に出て来た3匹も里親が見つかって、名古屋に行きました。

柏木

猫の世話をしている人は高齢者が多くて、「わしらがおらんようになったらどうするん?」と言って、里親探しをします。SNSでも里親を探したりしています。減っていく一方で、近い将来、ゼロになるんじゃないかと思います。

想田

それはそれで不自然な感じがします。

柏木

牛窓は昔から漁村で猫がうろうろしていたそうです。最近になって、TNRが始まりました。瀬戸内市が推奨していて、クラウドファンディングをして、どんどん、「猫狩り」みたいな勢いでやっていて。私は、そういう状況を知らず、牛窓に引っ越してきて間もなく、「柏木さん、お願い!」と言われて、猫に「ごめん!」と言いながらTNR活動をやっていました。でも、だんだん、これはきついと思って…。この現状はちょっと怖いなあと思っています。

想田

大阪でも野良猫、減っていませんか?あんまり見ないでしょ、最近。これはTNRが進んでいるからです。日本だけじゃなくて、ヨーロッパでもそうです。ベルリンに行った時、野良猫が本当にいなくなっていました。僕はこの状況は怖いなあという気がしています。異物というか、制御不可能なものというか、イレギュラーなものが、街にいる余裕がないんじゃないか、余白が消えたんじゃないか、そういう感じがしてならないんです。ホームレスの人を公園から排除する、街をきれいにするみたいな、そういうことと、軌を一にしていると思うんです。だから、僕らはTNRに参加しながらも、ジレンマというか、やり過ぎるのはよくないんじゃないかというふうに思っています。

柏木

私もそうです。

想田

これ、でも、考え方、価値観が人によって違っていて、十人十色です。意見のすり合わせがすごく必要です。むずかしいところです。

柏木

五香宮を訪れる人から「牛窓には以前もっと猫がいましたよね」と言われて、ショックでした。この2、3年でどんどん野良猫が減っています。TNRの威力はすごいです。でも、だからといって、どうすればいいのか。わからないのが今の私の現状です。

想田

TNRは必要な局面もあるんですよ。だから完全否定もできない。

© 2024 Laboratory X, Inc.

Q 観察瞑想は、よく見て、認知する、ということですが、我々は認知したことを解釈する、そうなると思います。この解釈についてどう考えますか。

想田

瞑想では、解釈はしません。瞑想はありのままを見る、認知する、平静に見ているとすべては無常なので消えていく、それを見届ける、それだけでいいんです。ただ、映画では、自分の解釈をします。そこが違うところです。ただし解釈というのは、常に更新されないといけないと思っています。一つの解釈をして、そこで止まると、それは固定観念になるんです。だから、常にアップデートしていかないといけない。そのためには、観察が必要だと思います。だから、観察映画なんです。観察がキーワードになってくると思います。

〇ドキュメンタリー映画『五香宮の猫』上映情報 関西では、10月19日から大阪・第七藝術劇場と京都シネマで、10月26日から兵庫・元町映画館で上映。公式サイトは次のURL。

●『猫様』(著者:想田和弘、発行:ホーム社、発売:集英社、2024年10月24日発行)

「猫たちにはいろいろなストーリーがあるんですよ。猫を顔の見える存在にしたいと思って、この本を作りました」(想田和弘)

集英社 ― SHUEISHA ―
猫様/想田 和弘 | 集英社 ― SHUEISHA ― 瀬戸内海に面した街で暮らす猫たちを中心に、人間と自然の関係や、これからの社会について考察するフォト&エッセイ。「週刊金曜日」の好評連載、待望の書籍化。  外で暮...

●編集担当:文箭祥人

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