近年日本映画の最重要作品『福田村事件』についての個人的覚書  園崎明夫

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映画「福田村事件」 関東大震災から100年 時代が逆流する

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これまでドキュメンタリーの分野で刺激的な作品を数多く発表してこられた森達也監督、初の劇映画。日本の近代史に封印されてきた実話をもとに描く、圧倒的な密度と完成度をもった傑作だと思います。これほど多層的で複雑で巨大な広がりを持ち、日本の近代史を貫く重要なテーマを孕んだ作品内容を、ここまで「細部にも拘って」「わかりやすく」描き得たところが、まず凄いです!驚くべき「プロの技」というべきでしょうか。「並外れた表現力」が、この作品の群を抜く面白さと感動の源泉なのだと思います。

©「福田村事件」プロジェクト2023

かつて1950年代の日本映画黄金時代の作品群は、たしかに「本来わかりにくいこと」を、芸術的、職人的な技で「面白く、わかりやすく」描いていたと思います。それこそが「映画の命」だと思われていたころでしょうか。この作品は、まさにそのころの映画作りを想起させ、脚本・演出・撮影・音楽・キャスティング他、丁寧でクオリティの高い映画造りが、作品の「核心」を描き出す傑作です。

そして、日本の近代史を貫いて現代になだれ込んでいる、多種多様な輻輳した課題(というか責任)群に真摯に向き合う、まさに今、最重要な日本映画だと確信します。

©「福田村事件」プロジェクト2023

作品内容については、各分野、方面の論客の方々が、映画的に、歴史的に、様々な角度から語られるであろうと思いますので、私としては、『福田村事件』をこれからご覧になる方々の、より充実した鑑賞体験のため(たぶん)の、個人的な気づきポイントをすこしだけ書き留めておきたいと思います。

森監督がプレス資料の対談で話題にしておられたので、ただちに伝説のフォーク歌手・中川五郎の25分に及ぶ大作プロテスト・ソング『福田村の虐殺』をYouTubeで聴きました。森監督によると、脚本の荒井晴彦氏がこの曲で事件のことを知り、曲を作った中川五郎さんは、森達也監督の著作で初めて事件のことを知ったとのこと。

映画をご覧になる方は、どちらかといえば鑑賞後に『福田村の虐殺』をお聴きになることをお薦めします。これは、必ず聴いたほうがいい、というか聴くべきでしょう。映画とフォークソングふたつの作品クリエイターの相互関係(制作時間の前後は逆ですが)からしても、見事な映画の副読本です。そして、このような破格の名曲がかつて創られ、今も歌われていることに心揺さぶられました!中川五郎さん、私が最近知った最も尊敬すべき70代です。

©「福田村事件」プロジェクト2023

そもそも「福田村事件」とはどういう事象なのでしょうか?映画を観て事件を知った後、観客はそういう本質的な問いを真剣に考えることになります。100年前の9月6日、利根川沿いで起きた虐殺事件には、その背景も含めて、近代日本
が抱え込み、今も日本人がその影響下に支配されている問題が凝縮しています。「日本の近代化とは何だったのか」という重大な問いかけ自体が「福田村事件」という事象として屹立していると言えるかもしれません。

この事件で逮捕されたのは、自警団員のうち8人。逮捕者は実刑になったものの、検察側から「自警団員たちに悪気はなかった」などの発言があり、裁判費用は村費で賄われ、逮捕者の家族には見舞金が出たともいいます。そして大正天皇死去の恩赦で全員2年後には釈放されます。その後、加害者のうちの一人は、時を経て村長(隣村の田中村)になり、のちには市会議員にも選出されたとのこと。また、被害者の行商団員たちは何故、故郷・香川を遥か遠く離れた千葉県まで、妊婦や幼児も連れた過酷な行商の旅を余儀なくされていたのか、そのことを考えだすと、さらに気持ちが沈みます。

©「福田村事件」プロジェクト2023

この映画を観ていると、どういうわけか「未来の光景」を観ているような感覚が訪れる瞬間が、たびたびあります。在り得ないことかもしれませんが、画面から伝わってくる「エモーション」が、時折、何処とも知れない、何時とも知れない未来を想起させる力があります。それは何故か?映画という芸術は、そこで語られる物語が過去の時代だとしても、その作品を制作しているスタッフも出演しているキャストも、全員今現在を生きている。彼ら彼女らには、当然それぞれの未来があり、誰もが日々未来のことを想っている。だから、どんな時代を描く映画にも必ず「未来」は映し出されます。観客も、どんな時代のどんな映画を観る時にも、その作品から感じ取る「エモーション」はいつも自分の未来に関わっている。そういうものです。それが答えです。

さらに「福田村事件」では、キャスト・スタッフとも、この国の「未来」を想う力が、とても強かったのではとも感じます。クライマックスへとつながる永山瑛太のセリフが、「未来」へ向けた最も感動的な言葉として、虐殺シーンと対峙しています。エモーショナルな細部に満ちた傑作から、その感動が確実に伝わります。

〇映画「福田村事件」 9月1日(金) テアトル新宿、ユーロスペースほか全国公開
公式サイト
www.fukudamura1923.jp

●そのざき あきお 毎日新聞大阪開発エグゼクティブ・プロデューサー

なお、冒頭の写真のコピーライツは ©「福田村事件」プロジェクト2023

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