2024年9月26日、袴田巌さん逮捕から58年、死刑確定から44年に及んだ「袴田事件」の再審判決がでました。静岡地裁の判決は「無罪」。その後10月9日に検察当局が上訴権を放棄し、「無罪」が確定。
映画『拳と祈りー袴田巌の生涯』は、遡ること10年、2014年3月27日静岡地裁で「再審開始」が認められたその日、袴田さんが獄中48年目にして、ようやく東京拘置所から釈放された瞬間を捉えたショットから始まります。そして死刑囚のまま釈放された袴田さんと姉秀子さんの「無罪確定」までの日々に寄り添い、記録していきます。
笠井監督は静岡のテレビ局で報道記者になって間もなく、今から20年以上前に「袴田事件」と出会い、途轍もなく長い年月を「確定死刑囚」として独房の中で生きる「袴田巌」という存在に衝撃を受けたと言います。その後、「袴田事件」を扱ったテレビ番組を過去に4本制作し、いまやライフワークになっているとも。
そして「極限を生き抜いて、生きて戻った袴田さんの精神世界は、最初から私の興味関心の中心でした。今回の作品で、それを初めて主題とすることができた」と語ります。
もちろんドキュメンタリー映像という表現手段は、人間の「精神世界」そのものは描けません。可能なのは、一人の人間の行動、表情、言葉などを記録者の視点から克明に記録すること。この作品は、徹底して袴田巌さんの生活に密着してその行動、表情、言葉を記録することで、全力で彼の「精神世界」への、観客の想像力に賭けようとしているかのように見えます。
「袴田事件」は、冤罪はなぜ起こるのか、死刑制度は存続すべきなのかといった、いくつものあまりにも深く複雑で重大な問いを投げかけています。一時的で表層的な報道や、抽象的な議論で済ませてはならない事件です。そして、そこに『拳と祈りー袴田巌の生涯―』という映画が存在することの価値があるはずです。
今後、この事件について様々な思考を巡らし、議論を重ねるときに、笠井監督のこの「記録」が決して小さくない意味を持つのではないかと思います。袴田さんの「精神世界」に真摯に迫ろうとした「リアルな生活記録」によって、彼の人生に起きた不条理を切実に感じ、想像力を働かせることで、私たちの思考や議論に、より人間的な活きた内実をもたらしてくれるのではないでしょうか。そして、それこそが今求められる、優れた映画の役割なのかもしれません。
〇園崎明夫 毎日新聞大阪開発エグゼクティブ・プロデューサー
なお、冒頭の写真のコピーライツは©Rain field Production
●『拳と祈り 袴田巌の生涯』の関西での公開情報 京都シネマ10月25日(金)から、大阪・第七藝術劇場10月26日(土)から、兵庫・洲本オリオン11月8日(金)から、元町映画館11月9日(土)から上映。公式サイトは以下のURLです。
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