2005年に発行され、読者から熱狂的に支持され、フランスでも名高い賞を受賞した豊田徹也の漫画『アンダーカレント』が、今泉力哉監督で実写映画化され、10月6日(金)から公開されます。一足先に、試写で観せていただきました。
「銭湯の女主人・かなえは、夫・悟が突然失踪し途方に暮れていたが、なんとか銭湯を再開すると、堀と名乗る謎の男が「働きたい」とやってきて、成り行きから、住み込みで働くことになり・・・。」
事前情報ほとんどなく観始めましたが、かなえ役の真木よう子が、ひとり銭湯の湯船にたたずむ冒頭シーンから、思わず引き込まれるカットの連続、「これはひょっとして凄い映画かも!」と気を引き締めて観ました。やっぱり思ったとおり全編最後まで、素晴らしいカット、シーンが続く、見事に感動的な作品でした。最近の日本映画でも、群を抜く作品ではないでしょうか。
まず「物語」がとてもいい。豊田徹也の原作漫画『アンダーカレント』も読みましたが、たしかに素晴らしい「物語」です。サスペンスがあり、重層的で、多義的で、いわゆる「オープン・エンディング」の手本のようなラスト。文学的でもあり、映画的でもあり、それでいて「漫画」にしか出来ない表現に溢れていて、凄いなあと思わされます。映画でも、「ストーリー」や「プロット」はほぼそのまま踏襲されていて、そういう意味では原作の漫画表現の魅力を最大限活かしながら、その上で、こちらは「映画」にしか出来ない語り方(表現)を駆使して、その「物語」をさらに何倍も豊かにしている、そんな感じでしょうか。ちなみに映画のラストでは、原作漫画の最後のコマのあと、さらにいくつかシーンが展開します。私は、原作よりも、さらに素晴らしく見事なエンディングになっていると思います。「映画」は終わる、でも「人生」は続く、ということでしょうか。
また、ある意味「映画の命」ともいえる、「撮影」が素晴らしく、画面がどのシーンも見事に美しい!あまりカットを割らない室内シーンの張りつめた緊張感や、光溢れる空気感に満ちた野外風景のシーンなど、あるいはアップでもロングでも、人物のたたずまいを繊細に映し出して、いつまでも観ていたくなるショットが次から次へと連続します。今は、こういう日本映画もなかなかないのではないでしょうか。ほんとうに映画的に美しい「キャメラワーク」だと思います。あえて言えば、今の多くのテレビドラマが採用する撮影方法(照明も含めて)とは、何か本質的に違うもののように感じます。
そして、なんといっても今泉監督の「演出力」と主要登場人物の「演技力」が達成した、圧倒的に素晴らしい人物表現の領域。真木よう子は、私が見る限り、おそらくキャリア最高の演技だと思います。アップもロングも、どのショットもいつまでも観ていたい。井浦新、永山瑛太、リリー・フランキー、江口のりこ、康すおん…、みんな素晴らしすぎます。それぞれについて語りだすと切りがないくらい、これほど主要な配役について「この人以外考えられない!」と思わせる作品というのも珍しいのでは。ラストシーンが終わり、ストーリーが全部分かったうえで、真木よう子はじめ、彼らの芝居をもう一度みたいという気持ちがごく自然に湧き上がってくる映画!それこそ、傑作の証なのではないでしょうか。(話がわかっているからこそ、芝居に集中して楽しめる「歌舞伎」みたいなことでしょうか。ひょっとして。)
日頃は自分の心の奥に隠れている感情を呼び覚まし、「生きる」ということの、なにか新しい感覚に触れるような、そんな時間がともに過ごせるような、素晴らしい「映画」です。できるだけ多くの観客に観ていただいて、「映画」を観ることの至福の時間を味わっていただきたいと思います。
●映画「アンダーカレント」公式サイト
〇そのざき あきお 毎日新聞大阪開発エグゼクティブ・プロデューサー
なお、冒頭の写真のコピーライツは ©豊田徹也/講談社 ©2023「アンダーカレント」製作員会
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