戦後映画評論の巨人・佐藤忠男の「人生」と「映画」の世界に出会うー『佐藤忠男、映画の旅』 園崎明夫

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日本を代表する映画評論家で文化功労者、佐藤忠男氏の91年の人生を辿り、特にその晩年の姿とメッセージを描くドキュメンタリー作品。彼が学長を務めた日本映画学校(現日本映画大学)の学生であった寺崎みずほ監督が制作。映画好きの人にはぜひ観てほしいです。映画評論家・佐藤忠男とあらためて出会える作品であり、随所に観客にとっての映画と社会と人生についての発見がある作品だと思います。

妻・久子と個人雑誌『映画史研究』を編集・発表 ©GROUP GENDAI FILMS CO., LTD.
佐藤忠男の著書群 ©GROUP GENDAI FILMS CO., LTD.

かつて各種映画雑誌が多数発刊され、映画批評が、あるいは映画を題材にした社会時評的な文章が、硬軟取り混ぜて日々執筆され供給されていた時代がありました。ざっくり昭和後期、1960~80年代ころと言ってもよいかもしれません。私事で恐縮ですが、私が大人になってから映画について書かれた文章をよく読んだのは、小林信彦氏、山根貞男氏、蓮實重彦氏といった方々ですが、映画に親しみ始めた10代の頃に「映画好きなら観ておきたい名画」「人生で観るべき映画」などについての知識・情報を得、大きな影響を受けていたのは、何といっても佐藤忠男氏でした。雑誌などでその名前と文章を目にする機会が圧倒的に多かった記憶がありますし、著書も多かったでしょう。佐藤氏の『世界映画100選』や『黒沢明の世界』を読み、彼の作品評価を大切な指針のひとつとして映画館に通って、自分なりの「映画史」を作りたいと思っていました。とにかくその博識、洞察力、表現の懇切丁寧さから、映画という芸術の見方、楽しみ方、映画作家の思想や思考方法、歴史や社会の捉え方、実に様々な「学び」を映画という入り口を通じて語ってくれる信頼すべき大人として敬愛していました。今も変わりません。たとえば、このドキュメンタリー映画にも出てくる自薦著書の一冊『長谷川伸論』は、戦前戦後にかけて活躍した作家、『一本刀土俵入り』や『瞼の母』などの股旅物で知られる長谷川伸の作品論を中心に、時代劇や渡世人の世界、東映やくざ映画、アメリカ西部劇、さらに近代日本の差別や貧困の問題へ、どれほどの「知」の世界が広がってゆくか、是非機会があれば読んでみてください。素晴らしい著作です。

インド映画『魔法使いのおじいさん』(G.アラヴィンダン監督)©GROUP GENDAI FILMS CO., LTD.

この映画では、こうした佐藤忠男的な雄大な「知」の世界が、90年代ごろからアジアを強く志向し、アジア映画に深い理解と関心を寄せ、その発展に力を尽くしたことが、とても興味深く描かれます。そして晩年の佐藤氏が一本のインド映画『魔法使いのおじいさん』(1979年)を「世界で一番好きな映画」だと評価したこととその影響の大きさも、制作当時を振り返る監督の言葉や出演者の思い出話などとともに紹介され、とても心惹かれます。

佐藤忠男 ©GROUP GENDAI FILMS CO., LTD.
映画『魔法使いのおじいさん』のアラヴィンダン監督と ©GROUP GENDAI FILMS CO., LTD.
©GROUP GENDAI FILMS CO., LTD.

戦後日本を生きた佐藤忠男という映画評論家の姿から、何を見つけ何を学ぶのか、年代によって映画との関わり方によって様々でしょう。しかし数十年以前、映画の配信もYouTubeもディスクも、ビデオソフトすらない時代に、様々な時代の映画を鑑賞し、自分なりの映画史を辿るということはかなり困難でした。しかし今はどの時代のどの国の作品も比較的手軽に観ることができる(時とともに映画史は長くなり、観るべき作品は増えていますが)。佐藤忠男という映画の先生にもう一度出会い、その人生や著作から何かを発見し学んで、自分なりのより豊かな映画の世界を作っていきたいと思う、きっとこの映画はそういう作品です。ぜひ多くの方に観ていただきたいです。

●総合デザイナー協会特別顧問 園崎明夫

〇『佐藤忠男、映画の旅』  11月1日(土)新宿K’s cinemaほか全国順次公開 関西では12月13日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場、12月19日(金)よりアップリンク京都で上映  公式サイトは次のURL

映画『佐藤忠男、映画の旅』公式サ...
映画『佐藤忠男、映画の旅』公式サイト ドキュメンタリー映画『佐藤忠男、映画の旅』の公式サイト

なお、冒頭の写真のコピーライツは©GROUP GENDAI FILMS CO., LTD.

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