裁判ドキュメンタリーにしてマスコミ報道を問う傑作、かつ胸打つ人間ドラマ!ー映画『揺さぶられる正義』 園崎明夫

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ある意味セルフ・ドキュメンタリーともいえる本作品の上田大輔監督は、もともと企業内弁護士として関西テレビに入社、その後報道記者に転身して始めた「揺さぶられっ子症候群(通称SBS)」の取材・報道に対し数々の賞を受賞。(冒頭の写真が上田大輔監督 (C)2025カンテレ)

まず、作品の構造が明快に語られている「監督の言葉」から。(プレス資料より)。

「記者に転身した一年目にSBS事件の取材を始め、虐待をなくす正義と冤罪をなくす正義の衝突を8年にわたり追い続けてきました。“犯人”と疑われている人をどこまで信用していいのか?“冤罪”を前提にした発言は、記者としての一線を越えていないか?私の中で記者の正義と弁護士の正義がぶつかることもありました。この映画は、記者として、弁護士として、そして一人の弱い人間として悩み続けた私の8年間の記録です」

(C)2025カンテレ

監督=取材者(時に撮影者)が画面に登場し、対象となる被告や証人や裁判そのものについて主体的な発言をし、さらにその裁判のあり方や報道のあり方について悩む姿がそのまま観客への問いかけになり、ともに考えるという見事な作品構造がここに語られています。

さらにドキュメンタリーとして、監督の思考や議論や取材に注がれた努力と関西テレビ制作スタッフの方々がかなりの時間と労力を費やされたであろう撮影や編集のクオリティは素晴らしく、その語り口の美しさは特筆すべきものだと感じます。

取材対象との密接で節度ある距離感や相互の深い信頼性が登場人物たちの人間性をも表現していて、まことに見事な人間ドラマとして成立している感動的なショットもたくさんあります。何年にもわたる裁判中、家族と自由に会うことを禁じられていたある父親の一家再開の場面、また冤罪事件でようやく無罪判決を勝ち取った男性と監督との逮捕報道についての対話シーンなど。

(C)2025カンテレ

ドキュメンタリーにせよ、フィクションにせよ、映画の感動の核心というものは、実は制作者の倫理観の在り方によるところがかなり大きいのではないかと思っています。「人はいかに生きるべきか」という問いが作品の根っこに存在しているかどうか、と言えばよいでしょうか。別の視点で「人はいかに生きるべきか」という問いに根差す制度の一つが国の法律でしょう。法律を正しく機能させるために裁判制度がある。この映画は裁判制度やジャーナリズムに関する、あるマスコミジャーナリストの倫理的視点を通じて、重層的な「世界の仕組み」を考えさせてくれる作品といえるのかもしれません。

(C)2025カンテレ

『揺さぶられる正義』は、ある種のドキュメンタリー作品にあるような、世論を誘導しようとか、制作者側の社会正義を訴えるとか、ましてや係争中の裁判の判決に影響を及ぼすことを目指す告発的な映像作品とは全く違って、監督が自ら本編に登場し、語り、疑問を抱き、迷いを隠さない姿が作品の中枢にあることで、特筆すべき重要なドキュメンタリー映画になったというべきだと思います。そういう意味ではセルフドキュメンタリーでもあるのでしょう。


おそらく、深夜のオフィスで一人悩んでいる監督のクローズアップがラストショットというドキュメンタリー映画もめったにないのでは。まさに「一人の弱い人間として悩み続けた私の8年間の記録です」という言葉に相応しい締めくくりでしょうか。是非多くの方に観ていただきたい、稀にみるドキュメンタリー作品です。


●園崎明夫(総合デザイナー協会 特別顧問)

〇9月20日(土)より全国順次公開 プレプレ東中野(東京)、第七藝術劇場(大阪)ほか。

映画『揺さぶられる正義』公式サイ...
映画『揺さぶられる正義』公式サイト 映画『揺さぶられる正義』2025年9月20日より劇場公開
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