
『いもうとの時間』
兄の無罪を信じて 64 年―
いつか真実が分かるその日まで、「いもうと」は生きる。
1961年、三重と奈良にまたがる集落・葛尾で凄惨な事件が起こった。村の懇親会で振舞われたぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡。世にいう名張毒ぶどう酒事件である。犯人と目されたのは、奥西勝(当時35歳)。客観的証拠はなく、あるのは自白調書のみ。一審判決では無罪を勝ち取ったが、二審では一転して死刑判決が言い渡される。以降、無実を訴え続けるも、奥西は89歳で獄中死した。再審(裁判のやり直し)請求を引き継いだのは妹の岡美代子。弁護団を結成し、新証拠を出し続けるが、再審の扉は開かない。遂に10度目の再審請求も幕を閉じ、棄却され続けた月日はなんと半世紀。再審請求は配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹しかできない。美代子は現在94歳。美代子がいなくなれば、事件は闇の彼方に消える。残された時間はそう長くはない。それでも兄の無罪を信じ、長生きを誓う。あまりにも長く辛い「いもうとの時間」は果たしていつまで続くのか。


2月16日、大阪・十三の第七藝術劇場での『いもうと』上映後、鎌田麗香監督と阿武野勝彦プロデューサーが登壇し、トークイベントが行われた。司会は第七藝術劇場の小坂誠さん。その模様を報告します。

小坂
まず、一言ずつご挨拶いただけますでしょうか。
鎌田監督
名張毒ぶどう酒事件シリーズはもうかれこれ私だけでも10年やってまして、今回3作目です。都度都度、新しい発見がいろいろあります。映画の感想をいろいろな人に伝えていただければありがたいなあと思います。
阿武野プロデューサー
東海テレビに43年勤めたんですけども、名張毒ぶどう酒事件については、23年間、関わって、会社にいる半分以上の時間、この事件のことを考えてきました。去年1月31日に、「さようなら東海テレビ」だったんですけども、その夜に、このドキュメンタリーを放送用に完全パッケージにして、そのまんまMA室というところから、報道局に戻らずに静かに去りました。映画化だけはどうしてもしたかったんで、東海テレビにお願いして、映画化が実現しました。
小坂
名張毒ぶどう酒事件、阿武野さんは20年以上、関わられたということですが、ドキュメンタリー作品としては今回で何作目になりますか。
阿武野
テレビで放送したものは8作で、映画化したものはこれが4作目です。鎌田監督で映画化したものは3作です。
小坂
名張毒ぶどう酒事件をずっと取材し続けられて、ドキュメンタリーのテレビ番組、そして映画という形で、世に出し続けられているというのは、どういうところからくるのでしょうか。
阿武野
名張毒ぶどう酒事件は1961年3月28日に発生します。東海テレビが開局したのが1958年12月で、開局して、1年ちょっとで、実はこの事件が起きています。開局と名張毒ぶどう酒事件の間に、伊勢湾台風がありました。東海地区では5000人あまり亡くなっています。言ってみれば開局してすぐに、伊勢湾台風があってその後、名張毒ぶどう酒事件という大きな事件が起きました。その頃は、テレビ報道というのがどういうふうに進んでいったらいいのか、どうも暗中模索だったようです。以前、東海テレビの1期生に「開局当時はどんな感じでしたか」と聞いたら、「もう見よう見まね。その当時は、会社としては中日新聞ととても仲が悪かったんだけど、中日新聞の記者にいろんなことを教えてもらいながら、取材をしていたよ」と。裁判と記者との関係性はどうだったかと言うと、裁判は批評精神でもってぶった切っていいようなものじゃなくて、尊崇すべき裁判官のお出しになる判決は安易に批評してはならない、そんなイメージだったようです。
1977年に当時スタジオカメラをやっていた門脇康郎という社員が、この事件は冤罪ではなかろうか、と取材を始めるんです。スタジオカメラマンは、広報番組とか、バラエティー番組とかのカメラマンで、取材にカメラを持って出かけていくことは、ほとんどありませんでした。その中で、門脇さんは一人で休みの日を使って、妻にお弁当を作ってもらい、水筒にお茶を入れて、自宅から遠い事件現場に通います。スニーカーを何足も履きつぶした、と言っていました。門脇さんは、テレビ局員はどの部署にいてもジャーナリストであるべきだ、と考えていました。
1986年頃に、誠にいやらしい話なんですけども、東海テレビの報道局が賞が欲しいということで、すごいですね、門脇がなんかやってるらしいぞ、あれに乗っかっちゃえ、これがきっかけで、ドキュメンタリー番組『証言』ができるんです。
結局、賞は審査員特別賞みたいな感じでした。審査員特別賞は、残念でしたけど、いい番組でしたということで、中央審査に押し上げられないので、東海テレビの社史にも残っていません。
『証言』はとてもとんがった番組で、その映像は、今回の映画『いもうと』の中に、ふんだんに使われてるわけです。だから、報道局よ、よくぞイヤらしい気持ちで番組化してくれたな、そういう面はありますよね。そんなふうにして、ドキュメンタリーとして、1本目ができました。
〈『証言~調査報道・名張毒ぶどう酒事件~』 1987年6月29日放送〉
賞は取れなかったために、報道局は、蜘蛛の子を散らすようにスタッフが散ってしまいます。門脇さんの取材だけはコツコツと続いていきます。2005年までは、言ってみると、「再審請求が棄却されました」とか、淡々とというか、あるがままにというか、熱意のないというか、距離を置いたというか、そういうものがずっと続いていきました。
2005年に再審開始決定がでた時に、たまたま私が報道局のドキュメンタリーの責任者だったので、門脇さんに、今度こそはこの再審請求がどうなっても最後までやり尽くしますと約束をして、協力して欲しいとお願いしました。ディレクターには、今は関西大学の教授になっている、齊藤潤一さんにお願いをしました。膨大な資料を読まなくてはならないので、粘り強い人以外にはできない、斎藤さんにお願いしました。門脇さんという1人目のランナーから齊藤潤一さんという2人目のランナーにバトンが渡されて、そしてしばらくして、齊藤潤一さんから鎌田麗香さんへと3人目にバトンが渡った、そういう感じです。東海テレビがまるで名張毒ブドウ酒事件が発生してからずっと追い続けているみたいことには、ちょっと嘘がございます。

小坂
鎌田監督は何年ぐらいから取材を始めたのですか。
鎌田
私はずっと報道局で記者をやって、2014年から取材を始めて、ちょうどそのときに袴田巖さんが釈放された年でした。取材のスタートは袴田さんを追うところからで、名張毒ぶどう酒事件のことを調べたり、弁護団会議に行ったりとか、そういうふうな感じで、両方の取材をしつつ、今に至るというところです。
小坂
鎌田監督作品は、劇場版のドキュメンタリー作品『ふたりの死刑囚』、それから2作目が『眠る村』です。
〈『ふたりの死刑囚~再審、いまだ開かれず~ 2016年1月16日劇場公開
『眠る村~名張毒ぶどう酒事件57年目の真実~』 2019年2月2日劇場公開〉
鎌田
袴田さんは再審が決まって、再審が始まって、再審無罪になりました。名張毒ぶどう酒事件は今、第11次の再審請求を出そうという段階です。これから物語は続いていきます。やってもやっても終わらない、というのが正直なところです。

阿武野
名張毒ぶどう酒事件のことを、私は勝手に「東海テレビの報道の背骨だ」と言ってきて、これをずっと追い続ける限り、報道マインドみたいなものは、おそらく間違わないだろうと思います。
齊藤潤一さんが1本目の名張毒ぶどう酒事件のドキュメンタリーをつくった後に、彼が「裁判所はおかしいと思います。裁判所に取材に入りましょう」と言ったんで、私は「そうしよう」と言いました。そして、名古屋地方裁判所刑事1部を密着した『裁判長のお弁当』というドキュメンタリーをつくりました。まさか、こんな密着ドキュメンタリーは裁判所の中では無理だろうと思われたのが、できました。
返す刀で、検察出身の弁護士がいて、裁判官のことを「けつの穴の小さい男たち」とか言ったんです。あんなやつらが取材をOKしたのに、検察庁がOKしないわけないんだと言って、検察庁に申し入れをして、『検事のふろしき』というドキュメンタリーをつくりました。「司法シリーズ」と名付けようと旗を立てると、どんどん進んでいけるという目算がありました。それで名張毒ぶどう酒事件の次のドキュメンタリー作品を繰り出し、別の司法関係をつくって、そういう形でドキュメンタリーを構築していきました。背骨からあばら骨が伸びていくみたいな形で、まさに、名張毒ぶどう酒事件は「東海テレビの報道の背骨」だと思っています。
鎌田
報道部員の中で共通認識としては奥西さんはやってないというところがあります。裁判所や警察を批判してもいいんだ、というベースができています。このドキュメンタリーのおかげだと思います。
阿武野
最初はやはり裁判所を批判するのは怖かったですね、何となくね。皆さんと認識が違うかもしれないですけども、私66歳なのに、横綱を見ると自分より年上に感じるんですよ。照ノ富士を見ると、絶対自分より年上の人だと思うんです。そんな感じで、裁判官というのは自分より年次の上の方で、尊敬の念を持たなければいけない存在だという、有無を言わさずそういうものだというような意識が自分の中にあって、どうしても何か批判しづらいとか、そういう面はあったんです。私たちは司法に包含されてしまうのか、そんな感じがありました。そうじゃなくて、やっぱり間違った判決はあるわけです。きちんと批評対象にするべきだと思えるようになったのは、名張毒ぶどう酒事件などの事件にきちんと関わったからなのかもしれません。
小坂
今おっしゃった裁判官であるとか、司法というところは批判をしづらいような雰囲気は放送局全体にあるんでしょうか。
鎌田
記者クラブのシステムの問題も大いに関係しているような気がします。決定文とか判決文とか、裁判所から出たものを見て判断しなければいけない、そういうこともありますし、何か先生と生徒みたいな位置づけみたいになっている仕組みがいけないのかな、そういう気はします。

阿武野
名張毒ぶどう酒事件の再審請求の第11次はどんな感じになるんですか。
鎌田
第10次の再審請求が終わって、弁護団は第11次の再審請求を出そうとしています。弁護団は現地に行ったり調査したりして、新証拠をつくろうとしているやに聞いています。それプラス、映画の中にもありましたけど、証拠開示の問題があります。それを突いて、早く証拠開示するよう強く求めると思います。
阿武野
再審制度というのは、袴田さん事件をきっかけにかなり動き始めている感じがしますよね。
鎌田
それは大きいと思います。袴田さんの事件で再審開始決定が出たのは、証拠開示がきっかけだったんです。名張毒ぶどう酒事件は、隠している証拠あるだろうという認識が広まっていると思います。やはり、袴田さんの姿を見て、すごく衝撃を受けた方もいらっしゃると思います。あんなに長い時間をかけないと再審無罪になって外には出られない、という仕組みを変えないといけないという問題があります。今は、法務省が3月中に再審法を法制審議会にかけましょう、という話があります。ただ、再審法改正には年単位の時間がかかるという中で、唯一の再審請求人である岡美代子さんは今年、96歳になります。岡さんが生きているうちに再審法改正するかのかどうか、危うい気はしていますが、再審法の改正を早くして、証拠開示が速やかになされることが必要だと思います。
〈日弁連「ACT for RETRIAL 再審法改正プロジェクト」から抜粋。
「えん罪」は、国家による最大の人権侵害です。無実の人が処罰されることは、絶対にあってはなりません。えん罪の被害者を救うことを目的とした「再審」は「開かずの扉」と言われるほどハードルが高く、えん罪被害者の救済には、何十年という途方もない時間がかかっています。なぜなのでしょうか?再審手続を定めた法律の規定は、わずか19条しか存在せず、あるべきルールがないからです。えん罪被害者を、もっと早く救済するためには法律を全面的に見直すことが必要です。例えば、警察や検察が持っている証拠を開示するルールがあればもっと早く無罪を示す証拠が開示されて、もっと早く事件が解決するはずです〉

阿武野
岡さんは今年、年女なんだそうです。8回目です。その年女の人が、唯一の再審請求人であるということが名張毒ぶどう酒事件の大問題なんです。
鎌田
再審請求人は直系の親族または配偶者です。妹の岡さんが亡くなられたら、岡さんの親族は再審請求人にはなれません。奥西さんにお二人のお子さんがいて、さらにそのお子さん、孫にあたる方が可能性があると言われています。弁護団がどこまでアプローチできるかはまだ言えないという感じです。
阿武野
弁護団もずっとこの事件を追い続けています。放送版の『いもうとの時間』を放送して、その後に鈴木弁護団長に「番組を観て、どう思いましたか」と聞いてみたんです。その時のコメントがショックで、弁護団長は「切ない」と言ったんです。ずっと壁に当たっては、跳ね返されてきた人たちの気持ちを感じました。「弁護団に頑張ってほしい、そういう私達のメッセージですよ」と言ったんですけども、「ああ、そうか」と言いながら、やっぱりまだ切ない、アンニュイな感じでいました。
鎌田
今は弁護団に新しい弁護士が4人入って、新たな風が吹いて、また頑張ろうという思いでいますので、まだまだ希望はあると思います。
阿武野
2015年に奥西勝さんは89歳で亡くなります。この時、特別番組をつくりました。亡くなる3年前、『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』というドキュメンタリードラマに樹木希林さんが出演してくださったので、この特別番組にコメントをもらいました。希林さんのコメントは「次々に若い有意な弁護士たちが生まれてきている。だから、奥西さんが生きたことは無駄じゃなかった」。だから、亡くなっても、まだこの裁判があることによって、志のある弁護士が生まれてくる、ということなんだなあというふうに思っています。
小坂
最後に、一言ずついただいて、終了したいと思います。
鎌田
証拠開示が一番大事だと思います。村の中で、「奥西さんがやった」と言われています、「奥西さんがやった」と言い続けてきた、村で一番強い感じの男の人が亡くなる6日前ぐらいに取材に行った時、ベッドに横たわりながら、それでも、「奥西さんがやったんだ」と言い続けたんです。だから、村は組織として、奥西さんがやったということにしないと、村として成り立たない、でも、一方で、村の人たちは個人としては、おそらく供述の中で、「あの人が犯人かもしれない」とか「こういうのを見た」と言っているはずなんです。だから、そういうふうに隠された証拠は絶対あるんで、次の第11次再審請求で、証拠開示が速やかに行われたらと思っています。
阿武野
間違った捜査、間違った裁判をずっとそのままにしておくというのが、そういう村を作り出してしまうわけで、そういう意味では、過ちを改むるに憚ることなかれだと思っています。この後、再審制度がどうなっていくのか、皆さんで見つめておいてほしいな、そういうふうに思っています。
●『いもうと』は1月4日から全国順次公開。関西地方では、大阪・第七藝術劇場で2月8日から、京都シネマで2月27日まで、兵庫・元町映画館で2月28日まで。公式サイトは次のURL。

〇編集担当:文箭祥人
なお、冒頭の写真のコピーライツは©東海テレビ
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