報告 映画「教育と愛国」トークショー 歴史研究者・藤原辰史さんを迎えて  文箭祥人(編集担当)

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9月28日、大阪・十三の第七藝術劇場でドキュメンタリー映画「教育と愛国」が上映され、その後、トークショーが行われた。

斉加尚代監督は、「この映画をきっかけに、いろいろな人がいろいろな角度から語り出してほしい、そう願ってつくりました」という。

ゲストを招いたトークショーは繰り返し行われていて、今回は歴史研究者の藤原辰史さん。

藤原辰史さんは京都大学人文科学研究所准教授。専門は歴史学、とくに農業史と環境史で、20世紀の食と農の歴史や思想について研究。主な著書に『ナチス・ドイツの有機農業』(第1回日本ドイツ学会奨励賞)、『ナチスのキッチン』(第1回河合隼雄学芸賞)、『給食の歴史』(第10回辻静雄食文化賞)、『分解の哲学』(第41回 サントリー学芸賞)など。2019年2月には、第15回日本学術振興会賞受賞。

目次

歴史は複雑 道徳教科書で日本の伝統・文化を単純化するのは問題だ

トークショーの冒頭、斉加監督。

「学生さんに映画をすすめてくださっているとうかがいました」

藤原さん

「学生にこの映画を観るようにすすめています。学生やその家族の中にはテレビや雑誌などをみて、『先輩たちがつくってくれた、すごく強い国、素晴らしい国に生きているんだ』と心地いい歴史観に浸っている人も少なからぬいます。ですので学生たちには、大学の講義で、過去の日本の犯した罪も教えています。ただ、この落差がとても大きいので、「教育と愛国」がこのギャップを埋めてくれるのではないかと、観るようすすめています」

2022年に20歳の学生は教育基本法が改定された2006年、4歳だった。第一次安倍政権は、「愛国心」条項を教育基本法に盛り込み、それ以降、「教育改革」「教育再生」の名のもとに、教育現場が変化していく。

戦前の反省から、戦後の教育は政治と常に一線を画してきたが、いま、政治と教育の距離がどんどん近くなっている。映画はそれを映し出す。

映画の冒頭、小学1年生の道徳の教科書が取り上げられている。2017年、教科書検定の結果、当初記述されていたパン屋さんの場面が和菓子屋さんに変更された。「伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度」に照らして「扱いが不適切」とされたのだ。そして2018年、小学校で「道徳」の教科が始まった。藤原さんはこう解説する。

「日本の伝統・文化と和菓子を安直なイコールで結びつけてしまうのは、恐ろしいと思います。パンの歴史も大事な日本の歴史です。たとえば、第一次大戦時、ドイツ軍の捕虜が神戸に連れて来られます。その時に、ドイツのパンや洋菓子が日本に伝えられました。今からおよそ100年前です。歴史には、古い歴史もあれば、新しい歴史もあります。歴史は複雑なんです。教科書を決める側が、どうして日本の伝統・文化を単純なストーリーにしてしまうのか、もったいないと思います」

歴史を編んでいるのは私たち一人一人

藤原辰史さんと斉加尚代監督

2021年、政府は<「従軍慰安婦」という用語は「誤解を招く恐れがある」として単に「慰安婦」が適切>、<戦時中の朝鮮半島から日本本土への労働者の動員を「強制連行」とひとくくりにする表現も「適切」ではない>と閣議決定した。

斉加監督

「安倍元首相の国葬が閣議決定で決まり、多くの国民の反対の声がある中、行われました。<安倍元首相の実績を称え、国民が悲しみにくれた>と閣議決定されたら、それが教科書に載る可能性があります」

藤原さん

「今、閣議決定はカジュアル(気軽)ですね。カジュアルに政治をすすめるとすごく困ります。私たちの暮らしや職場に閣議決定が降りてきていませんか? 私の大学では、大学の機関の決定とは関係なく、突然、『この組織は廃止する』と降りてきました。こういうことを平気でやるんです。それが広まってしまうのは、大きな問題です。しかも、人間の心の領域までカジュアルに決められてしまうことを危惧します」

斉加監督

「教科書の記述が学術的な知見に基づく形ではなく閣議決定で書き変えられるのは、学問の軽視だと思います」

藤原さん

「閣議決定とか力のある政治家の一言で、簡単に言葉が変えられてしまう時に、歴史研究者はどんな屈辱を感じるか。歴史研究者は、何年もかけて、ものすごい量の資料を読んで、一つ一つ史実を確定していきます。閣議決定や政治家がその何年もの蓄積を踏み潰しています」

続けて。

「学問は研究者の特権ではありません。職場や生活の延長の中に深く深く根差している知的行為です。例えば、一般の人が、<歴史学者が歴史をゆがめている>と言って、<もっと日本が正しい、強い国だと書いてくれ>と求めたときに、それはブーメランのように、その人に返ってきます。自分たちが歴史を編んでいる、自分たちが歴史の一部、自分たちが歴史の一人なんです。にもかかわらず、歴史家を敵にして気分よく浸るのは知性の自殺行為だと思います」

歴史はバラエティーに富み、起伏に富んでいる 

藤原辰史さん

伊藤隆東京大学名誉教授の話へ。伊藤さんが斉加監督のインタビューに「歴史から学ぶ必要はない」と応えるシーンがある。衝撃的な歴史研究者の発言。これに対して、藤原さんが説明する。

「伊藤さんのこの言葉はなんと単純な捉え方だと、怒りさえこみ上げてきますが、実は単純な問題ではありません」

そして。

「伊藤さんを単純に否定すると、今度は、ブーメランにように返ってきて、私たちの歴史観が単純だと言われてしまいます」

雑誌「思想」(1976年)に掲載された伊藤隆さんの論文と映画にでてくる伊藤さんのコメントの背景を藤原さんが解説する。雑誌「思想」は1912年に発行され、哲学・歴史学・社会諸科学の最新の成果を提供する、最良の知のフォーラム。

「伊藤さんは、日本の近現代史、特に戦争の時代を、資料をきちんと読んで研究する実証的な研究を行ってきた歴史家です。1976年の「思想」に書いた論文「昭和政治史研究への一視角」は、私たちの歴史観さえしばっている重要な論考です。日本はイタリアのファシズム、ヒトラーのナチズムに匹敵するような、反保守主義的で、民衆の動員力があって、人々の自由を奪ったような体制だったのか、非常に議論として複雑ですが、日本は戦時中にファシズム国家だった、という学説が当時、歴史学全体を覆っていました。伊藤さんは一人、<日本はファシズムというふうには言えない、そういう歴史的な証拠がない>と言い切った人です」

1976年当時の歴史学の状況はどうだったのか。

「研究者は、日本は<天皇制ファシズム国家>であって、天皇制の下にイタリアのファシズム、ヒトラーのナチズムに匹敵するような強権的な体制であって、人々はファシズムやナチズム下と同じような経験をし、他国に対しても非常にひどいことをしてきたというふうに考えていました」

「ただし、この天皇制ファシズム国家だったという説明がだれもが定義を明確にしないまま学会の雰囲気で流通させていたところがありました。どの歴史家も自分の中にある言葉ではなく、仲間うちだけで通じる用語を使っていて、党派的ともいうべき言葉で、ファシズムの問題を語っていました。伊藤さんはこれに反発するような形で、日本にファシズムはなかったということを実証しました」

論文にはこうある。

「最近に至って、「ファシズム」という用語ははなはだしく濫用されるに至り、政治の世界では、「反ファシズム」を標榜するいくつかの団体が、互いに他を「ファシスト」として非難し合うという状況すら決してめずらしい現象ではなくなってしまったのである。もはや「ファシズム」は「極悪の敵」という以上の意味をもたなくなっているといってよいであろう」

藤原さんの解説。

「ファシズムという言葉の定義をきちんと確認しないまま、暗黙の了解で、こんな感じだろうと研究をすすめてきた歴史家が少なからぬいました。そうではない研究者ももちろんいましたが。伊藤さんはこうした現象に背を向けました。ファシズムを定義している人はだれもいないし、重要な人物の言葉を繰り返しているだけで、同じ言葉を使って同じように言っているだけだと。そして、こういう人たちを「左翼」と言葉で一括りにしてしまったんです」

映画の中で斉加監督が伊藤さんに質問するシーンがある。

斉加監督

「育鵬社の教科書が目指すものは何になるわけですか?」

伊藤隆

「ちゃんとした日本人を作るっていうことでしょうね」

斉加監督

「ちゃんとしたというのは?」

伊藤隆

「左翼ではない」

藤原さん

「伊藤さんにとって、理想的な人間が左翼ではないという言葉の背景には、自分の言葉で歴史を語れない歴史研究者が頭に具体的に浮かんでいたと思います」

では、伊藤さんの言葉から、私たちは何を考えるべきか、藤原さんがこう力説する。

「やるべきことは、相手を批判する時、事象を分析するときの言葉の点検です。きちんと自分たちで調べた史料の研究の上で、自律的に選んだ概念、しかも、腹の底から愛着のある概念だと言える概念で、歴史事象を捉えようとしているのか、点検することです。伊藤さんが「左翼」と一括りにして論じるのは、民族主義者が「韓国人は敵だ」と同じわけです。そうではなくて、相いれないと思っている、その世界は非常に起伏に富んでいるし、逆に仲間だと思っている人間も起伏に富んでいます。起伏やグラデーションを感じながら、それでも、正義とは何かと考え抜いていく、厳しい思考の鍛錬が大事だと思います」

青森・八戸市での上映時、近くの八戸ブックセンター専門職員の森 佳正さんが「ドイツ・フランス共通歴史教科書 近現代史」を推奨してくれた。斉加監督が紹介する。

「『ファシズム―普遍的現象?』という見出しのページがあります。こう書かれています。

『各地の極右の潮流と政権は多様であり、それゆえ歴史家の中にはファシズムという概念はイタリアにのみ適用するべきと考える者もいる。ファシズム概念が極右全般に対して無差別に用いられ、その結果、学術的概念としての意味を失っていることから、こうした傾向はさらに強くなっている』

そして、

『教科書に掲載されている2枚の写真を手がかりに、ファシズムとナチズムという言葉から連想されるもののリストを作成しなさい。その結果を少人数のグループで集め、協力して、ファシズムの概念を定義しなさい』

高校生がこういう授業を受けているのに驚きました」

藤原さん

「実は、ファシズムという言葉さえ、誰一人同じ定義をする人はいないのが現状です。その中で、高校生が<ファシズムとは何かという論争>に加われるんですよ、上から降ってくるわけではないですよ、ということをこの歴史教科書は示しています。誰もファシズムの定義を決めていないから、みんなで議論しましょう、ということです」

では日本はどうか。

「しかし、この映画に出てくる人たちは、『オレたちが、日本はこういうふうにすごかったと決めているから、それを知ればいい』という感じで押し付けています。私たちはこのこと自体に怒るべきです。これに対して、私たちが同じように、『こういう歴史があるから読めよ』という構えをすると、基本的に殴り合いになってしまう。そうではなくて、<私たちには論争がある>ということです」

ドイツとフランスの共通歴史教科書から考えること。

「ドイツとフランスは2度の大戦で殺し合っています。こうした歴史を踏まえた上で、EUがうまれ、そうして、共通歴史教科書ができました。重要なことは、フランス国内にもナチズムを支持した人がたくさんいたし、一方でレジスタンスにまわった人もたくさんいました。にもかかわらず、一括りにフランス人はドイツ人ではない、ナチスはドイツ人だけだ、と乱暴な議論をする限り、伊藤隆さんの議論になってくる。そうではなくて、世の中はバラエティーに富んでいて、起伏に富んでいる、そういうことを考えないといけないと思います」

右派政権のポーランドの歴史博物館 苦しんでいるユダヤ人をポーランド人はどう見ていたかを問う

藤原さんは今年8月の3週間、研究のため東欧を訪問する。ポーランドにあるユダヤ人歴史博物館に驚愕したという。ポーランドは今、カソリック極右派政党「法と正義」が政権を握っている。

「ポーランドの首都ワルシャワのど真ん中にポーリンという名前の博物館があります。ポーランド人とユダヤ人が中世からどういうふうにお互いが暮らし合っていたのか、どのように共存したり反目したりしていたのか、を丹念に展示しています。

『ポーランド人よ、あなたたちはナチスがユダヤ人を苦しめている時に、どんな顔でユダヤ人を見ていたのか』

こうポーリン博物館はポーランド人に問うているように思います。

ナチスがワルシャワに攻めた時、ユダヤ人を捕まえて、ワルシャワのど真ん中にあるゲットーに隔離します。極限られた食糧しか与えず、医療もなく、兵糧攻めにしていくようなことをしたんです。ゲットーの周りに住んでいたポーランド人はいつでも、ユダヤ人が飢えて倒れている姿、お腹をすかして泣いている子どもを、見ることができました。博物館のスクリーンにゲットーにいるユダヤ人たちの生活の様子が写真で流れます、来場者がバスに乗る設定で椅子が3つ設置されていて、窓の外を見るように首を横に向けるとスクリーンに映し出されているユダヤ人の様子を見ることができます。こうやってポーランド人に突き付けます。「私たちポーランド人は、ユダヤ人迫害をこうして毎日見ていたはずです」と。

ポーリン博物館、スクリーンに写し出されるユダヤ人 ©木村元彦

それから実はポーランドのユダヤ人迫害は、ナチから解放された戦後にも政府主導で行われていたのです。1968年3月にゴムルカ統一労働者党第一書記は、民衆が抱える不満の矛先をかわすために、全国放送のテレビカメラの前で今の社会不安を巻き起こしている諸悪はすべてユダヤ人のせいだと演説したんですね。ゴムルカはありもしない「ユダヤ人特権」を喧伝し、ポーランドに居住するユダヤ人を国家への忠誠心の度合いによって、三つに分類しました。この演説の日以降、ユダヤ排斥運動が始まり、多くのユダヤ人たちが、他国へ追われていった。政府側はポーランド民衆の中にも反ユダヤの感情が横たわっていたことを見抜いて巧妙に操作したわけです。ポーリンでは、このゴムルカの差別煽動のヘイト演説の映像をずっと流しているんです。

ヘイト演説するゴムルカの映像 ©木村元彦

日本に置き換えると、東京のど真ん中に、朝鮮人たちとどういうふうにこの100年間、過ごしてきたかを展示し、関東大震災の時に朝鮮人を虐殺した歴史も含めて、日本の加害性を見せる博物館です。「朝鮮人は各地に放火し、不逞の目的を遂行せんとし、」という官製デマである内務省電報の原本を展示するようなものです。作れば、いろいろな人が抗議しにやってくるでしょう。ポーリン博物館のガイドはこう私に言いました。

『やろうと思えば、あなたができることじゃないの』

つまり、私たちは怠けていると言われたんです。強い中国にいじめられている僕たちかわいそう、これを<引きこもりナショナリズム>と呼ぶ人がいます。こういう感覚ではポーリン博物館のような歴史的な見方はいつまでたってもでてこないと思います」

映画「教育と愛国」が描くのは、世界各国が直面している問題

斉加尚代監督

ポーランドでは2015年、カソリック極右派政党「法と正義」が政権を奪い、司法やメディアに介入する政策を打ち出した。法相が裁判所の判事の選定に影響を及ぼせる法案が可決したり、国営放送のトップ人事を政府が掌握できるよう法律が改定されるなどした。

斉加監督

「自分たちに都合のいい統治をしようとする時、必ず、司法やメディア、教育に手を突っ込んでくる、これは万国共通なんだと思います」

藤原さん

「映画『教育と愛国』は、日本の特殊なことでは全くなくて、今ほとんどの国が直面している問題を映し出しています。歴史修正主義と言う人もいれば、ヒストリカルウォーと言う人もいますが、まさに記憶の戦争、歴史の戦争が起こっていて、その日本版に過ぎません。しかも厄介なのは、韓国のポーランド史家イム・ジヒョンが『犠牲者意識ナショナリズム』(東洋経済新報社、2022年。10月15日の朝日新聞に藤原さんによる書評が掲載)で論じているように、どの国も自国の被害を誇張して、加害から目を閉ざそうとしていて、自国の加害を研究しているだけでは、加害を与えた国で男性による女性の差別があったとき、その歴史が背景に隠れてしまう。ホロコーストの責任は全てドイツ人というポーランド人は、ポーランド人の一部がユダヤ人虐殺に関わった過去が忘却されます。他方で、ドイツは自分の国の加害性をナチ時代に限定して掘り起こしつつも、他方で、大戦末期に東欧から追われたドイツ人(被追放者と保守的な人々は呼びます)の悲劇を強調する。ホロコースト否定論は反ユダヤ主義を煽り続ける一方で、イスラエルを擁護するドイツは、パレスチナのガザの占領とアパルトヘイトを比較しようとする試みを反ユダヤ主義的だと非難する。こんな、記憶をめぐるグローバルな紛争状態を彼は描いています。そのような犠牲者意識ナショナリズムから脱却することでしか、本当の記憶の連帯は難しい、と彼は訴えます。

歴史家の橋本伸也さんがおっしゃっていますが、「ジェノサイド」という言葉さえも政治の道具化されていて、歴史家は正確に使うことがほとんど不可能になっています。今、ウクライナで起こっていることをジェノサイドと言う人もいる、一方でベトナム戦争のことをジェノサイドと言う人はなかなかいません。恣意的に使われる政治用語になっています。一つ一つ、概念を確定させながら、私たちが議論していく場をつくらなければいけないと思います」

歴史はだれが書いているのか?

「歴史は大学の歴史研究者だけが書いているわけではありません。高校の先生も書いています。高校の先生が書いているということは、授業で先生が高校生から学んだことも反映されています。大学の教員も変わりません。学生のフィードバックが必ず教員の思考に影響する。そうすると、みんなが書いている、と言える。みんなの場所、論争の場所が書いているんです。賢いスーパーコンピューターみたいな歴史家にすべて丸投げして書かしている、こうイメージしているのであれば、それは大間違いです。積み重ねて、つくり上げ、論争して、歴史を書く、それしかありません」

斉加監督

「ポーリン博物館でも、論争と議論のものすごい積み重ねの上に、今の展示がある…」

藤原さん

「それはすごかったです。展示をみるとわかります。極右政権の下、ポーランド人の加害性を明らかにするために必死になって言葉を練ったと思います。一つ一つのキャプションに論争の跡がみえるんです。この言葉はたぶん、上の批判を事前にかわそうとしているなぁと分かりました。ナチスがワルシャワに攻め込んできて、最後にワルシャワ・ゲットーの蜂起が起りました。死ぬのがわかっていて、このまま死ぬんだったら、せめて抵抗して死のうと決断した人たち、一方で、ギリギリまで家族と一緒に収容所に行こうと決断したユダヤ人たちもいたことも忘れてはなりませんが、結局、ナチスは全部、破壊したんです。そうすると、博物館に展示するものがほとんどない、物が残っていない中で、博物館を一からつくりました。映像や絵、地図にたよったりして、また先ほど説明した体験という形で展示しています」

映画に大阪府内の公立中学校に勤務する平井美津子さんが登場する。平井さんは毎年授業で慰安婦問題を取り上げていて共同通信が「憲法マイストーリー」という連載記事で取材して好意的に伝えた。その記事をみた当時の吉村洋文大阪市市長がツイッターで「史実に反する軍による強制連行を教えている」と批判して名指しでのバッシングを扇動した。その後、府教育委員会は平井さんの授業は適切だったと結論づけた。

斉加監督

「証拠がないだろう、公文書に残っていない、だから歴史的事実として疑義があるんだ、そういう物言いが、日本軍慰安婦の存在を否定する中で、起きています。さらに先日、韓国のドキュメンタリー監督で「記憶の戦争」を制作したイギル・ボラさんと対談したんですが、ベトナム戦争で韓国軍の猛虎部隊が行った住民虐殺も同じように証拠がないと言われ、家族を奪われた被害者たちが詳細に証言するのに、否定する動きがあるとのことでした。」

日本がやるべきことを藤原さんが解説する。

「日本は加害国でした、植民地に深い傷跡を残しました、というどこかから借りてきたような言葉ではなく、『名前を変えることを強要しました』、『日本語を無理やり教えました』、『方言札をつけました』という具体的な説明を連ねていき、証拠がないと言われた時には、それは文書が残されていないのではなく、消されたんです、それも消したのは植民地を支配した側なんだと。そうした過去を踏まえた以上、今、私たちの前にいる女性の証言をもっと尊重しませんか、確かに記憶間違いもあるし、自分にとって都合にいいように記憶を改ざんしているところもあるだろうけれど、私たちだって、そうじゃないですか、だから、耳をすましましょうよ、というレベルからしか歴史は積み立てられないと思います」

●映画「教育と愛国」情報

https://www.mbs.jp/kyoiku-aikoku/

○ぶんや・よしと  1987年MBS入社。2021年2月早期退職。 ラジオ制作部、ラジオ報道部、コンプライアンス室などに在籍。 福島原発事故発生当時、 小出裕章さんが連日出演した「たねまきジャーナル」の初代プロデューサー

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