大阪読売新聞その興亡– category –
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大阪のメディアを考える「大阪読売新聞 その興亡」5 安富信
判決記事、朝日の1年生記者に「抜かれる」 「抜いた、抜かれた」。新聞記者の一番怖い言葉が「抜かれた」で、一番嬉しい言葉が「抜いた」だ。これは、今も昔も変わらな... -
大阪のメディアを考える「大阪読売新聞 その興亡」4 安富信
自転車で15キロ離れた火事現場へ スクラップブックには残っていないが、最初の1か月で忘れられない出来事がある。支局内研修を終えて、「外」に出て数日後だったと記憶... -
大阪のメディアを考える 「大阪読売の興亡3」 安富信
松江支局で、事件記者の第一歩を踏み出す 新人記者の1日は早い。鬼の支局長に言われたこと。まず、「警察担当記者に休みはない。いつでも出動できる準備をしておけ」。... -
大阪のメディアを考える 「大阪読売新聞 その興亡」2 安富信
新人記者、大阪本社での1か月半 兎にも角にも、憧れの大阪読売新聞の記者になった。普通、初任者研修は1か月程度なのだが、この年昭和54年(1979年)は統一地方選挙が4... -
大阪のメディアを考える 「大阪読売新聞 その興亡 」 1 安富信
序に替えて 新聞記者は、1を聞いて10を書く。 いやいや、100を聞いて10を書く。 どっちが正解か? 理想的なのは、もちろん、後者だろう。 しかし、昔々、私が新聞記者...