報告:映画「ドンバス」関連イベント ロシア・ウクライナ戦争を理解するために 文箭祥人(編集担当)

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ウクライナ東部ドンバス地方が激しい戦場となっている。

この戦争は8年前の2014年から続いている。ドンバス地方で軍事衝突が始まったのだ。

映画「ドンバス」は2014年から2015年にかけて、ドンバス地方で起きた実話をもとに13のエピソードで構成された劇映画。日本で緊急上映されている。ロシアとウクライナの戦争を理解するための重要映画。セルゲイ・ロズニツァ監督作品、カンヌ国際映画祭<ある視点部門>監督賞受賞。

セルゲイ・ロズ二ツァ監督 © Atoms & Void

7月9日、大阪市淀川区の第七芸術劇場での上映後、トークショーが行われた。登壇はジャーナリストで大和大学社会学部教授の佐々木正明さん。元産経新聞モスクワ支局長でロシアやウクライナを取材した経験を踏まえ、映画「ドンバス」やロシア・ウクライナ戦争について解説。その模様を報告します。

佐々木正明さん

トークショー前日、安倍晋三元首相が凶弾に倒れた。佐々木さんは冒頭、こう話す。

「追悼の意を示したいと思います。民主主義の根幹である選挙、その演説中を狙った銃撃は許されるべきではない。私たちは抗議を示すべきだと思います。それは選挙に行くことです」

この発言は佐々木さんのロシアでの取材経験が元になっている。

「ロシアに5年間住んでいました。ロシアでは自由な言論は保障されていないんです。政権に盾突けば、モスクワでは暗殺が起こります。忖度をして長いものに巻かれていく状況も見ました。こうした世界に、はっきりとノーと言うべきだと思います。暴力で言論の自由を抑えるということがまかり通らないことを示すべきだと思います」

さて、映画「ドンバス」。映画解説に入る前に佐々木さんはこう会場に問う。

「みなさん、映画『ドンバス』を観てどう思ったでしょうか。おそらく、この映画は非常に難しいです、日本の社会が果たしてわかっただろうか」

佐々木さんは2014年、ドンバスに1か月弱いて、ウクライナの検察庁が親ロシア派勢力に襲撃されるなど司法が機能しなくなり、どんどんドンバス地方が無政府状態になっていくところをみている。まさに映画が描かれている世界にいたことになる。

佐々木さんは映画を理解するためにドンバスをめぐる歴史を知る必要があるという。まず、次のように問いかける。

「2月24日、ロシアがウクライナに侵攻しました。プーチン大統領は『ウクライナのナチ化を防ぐ』こう言いました。この発言をどれぐらい日本社会も世界も理解しているだろうか?」

そして、佐々木さんはロシアにとっての「5月9日」を説明する。

「5月9日は『対独戦勝記念日』です。ロシアにとって第2次世界大戦でナチス・ドイツに勝った日です。ナチスを撃退した、これはソ連・ロシアの国土を守ったと言う意味だけではなく、ヨーロッパの安全保障をロシア人の甚大な犠牲によって勝ち得たんだということです。ナチスだけではなく日本も含め世界を征服しようとした一派から世界を守った、こうした誇りが1945年以降、ソ連・ロシアにはずっとあります」

ソ連がナチスに勝利した、この歴史をソ連・ロシアは誇りに思っている。

プーチン大統領が言う「ウクライナのナチ化を防ぐ」をどう理解すればいいのか。解説は第2次世界大戦の歴史から始まる。

「第2次大戦時、ナチス・ドイツがベルリンからどんどん東進してきて、モスクワに迫ってきます。その途中の通り道にウクライナという地域があった。ウクライナの一部の人たちはソ連から独立しようとした。だからナチス・ドイツに加担し、ソ連を敵にして戦ったんです」

解説が続く。

「このウクライナ蜂起軍をUPAと言います。ソ連は教育のなかで、『UPAはファシストだ、ソ連人民の敵だ』と1945年以降、ずっと盛んに教えます」

一方のウクライナ。

ソ連邦崩壊の後、ウクライナでは『ウクライナの蜂起軍はウクライナの民族主義であり、ウクライナ独立を得ようと戦った』という意識が高まってきました。そうして、ウクライナ独立後、ウクライナ蜂起軍は名誉回復されます」

そして2014年を迎える。

2014年、ウクライナのヤヌコーヴィチ大統領という親ロシア派を追い出すマイダン革命を成立させました。これに対して、ロシアは『ソ連を攻めたUPAの末裔の一派がキーウの中央政府にいるぞ』と盛んにプロパガンダしました」

この一派が親ロ派地域ドンバスに戦いに行く。

「それは愛国心からです。一方、ロシアは<ウクライナはナチスだ>とプロパガンダしました。ロシアは、ウクライナの民族主義者はナチスだとずっと言ってきました。だから、このプロパガンダはロシアの人たちに刺さりやすかったんです。そして、プーチン政権はウクライナに軍隊を出しました」

もう一つ、映画を理解するための事実があるという。2014年、ドンバス地方でロシアへの併合を求める運動が起こります。佐々木さんの解説です。

「ドンバスのロシア語話者の多くが『ウクライナ政権は汚職まみれだ、私たちに税金をまわさない』と言い、また、インフラ整備も進まず、福祉施設などの設備が悪く、ロシアへの併合を求める運動が起こります。また、ドンバスの人たちは首都キーウに行ったことがなく、昔からキーウの文化圏ではありませんでした。さらに、ドンバス地方にスターリンが造ったドネツク工業地帯があり、この経済地域で大きな利益を上げていて、経済的にも豊かな地域となっていました

ドンバスの人たちがキーウを信奉しないことをロシアが利用します。

「ロシアはドンバスに工作員を送ります。そして兵器を流し、ウクライナ側の治安部隊を追い出していきます。ウクライナの検察庁が襲われ、検事を追い出します。そのため、殺人事件が起こっても、誰も統治できなくなりました。そして、ウクライナの行政組織の人たちも全員、親ロシア派の人たちに変わりました。どんどんロシア化を進めたんです」

さらに情報においてもロシア化が進みます。

「電波塔をジャックし、すべての放送がモスクワ発のロシアの公共放送になりました。ロシアの公共放送は情報統制されていて、『ウクライナは悪い』『ウクライナはアメリカの手先だ』という放送が流れ、洗脳していきました」

社会生活においてのロシア化も。

「通貨もルーブルになり、ロシア語教育が徹底され、暦もロシア化されます。住民にはロシアの居住権が与えられました。そして、ドンバスがきな臭くなります。そうして、親ロ側とウクライナ側と地域の間に境ができて、境の向こう側にウクライナ兵士がいるという状況になり、そこで軍事衝突が始まります」

さて、映画「ドンバス」は13の実話を元に、2014年以降にドンバス地方で何が起こったのかが描かれている。佐々木さんはこう話す。

「場面場面でこの戦闘の皮肉や現場のむごさ、ひどさ、人々の尊厳が麻痺していくような状況がちりばめられています」

13の場面にうち、いくつかを佐々木さんが解説する。

EPISODE 1(冒頭の写真はこのシーンの一コマ ©︎MA.JA.DEFICTION / ARTHOUSE TRAFFIC/JBA PRODUCTION/GRANIET FILM/ DIGITAL CUBE)

「映画の最初のシーンは、ウクライナ軍がドンバスで平和に暮らす住民を襲うというフェイクニュースを撮影する現場です。このフェイクニュースは、ドンバスの人たちではなくロシアの人たちに見せるために作られました。これを見たロシア人は、ウクライナはそこまでひどいファシストなんだと思うわけです。これを今年の2月、ロシアがウクライナを侵攻するまでの8年間、やり続けました」

EPISODE 4

「ウクライナから住民を乗せたバスがドンバス地域の検問所で止まり、検問する女性兵士が乗っている男性全員を上半身裸にさせます。これはスパイを見抜くためにやったことです。ウクライナの軍部隊に入隊している一部の人たちは民族主義の入れ墨をしています。入れ墨をしているのかどうかをチェックします。また、持っている携帯も調べます。これもスパイかどうかを調べるためです」

EPISODE 10

©︎MA.JA.DEFICTION / ARTHOUSE TRAFFIC/JBA PRODUCTION/GRANIET FILM/ DIGITAL CUBE

「捕虜となったウクライナ兵士を住民がリンチしようとするシーン。おばあさんら女性がこの兵士を殴ったりします。彼女らは、誰に殺されたかわかりませんが、ドンバスで家族を殺された人たちです。ロシアのプロパガンダに洗脳されていて、ウクライナに殺されたと思っています」

EPISODE 11

「結婚式のシーン。ウクライナの結婚制度がすべて否定されていることがわかります。参列者のなかに、EPISODE10のウクライナ兵士をリンチしようとした人たちがいます。結婚式はちょっと下品な感じがあります」

佐々木さんは映画をこう評する。

「この映画は、無政府状態のなかで、どんどん人間の尊厳が狂っていく、横領することもいとわない、リンチすることもいとわない、真っ当な人がいなくなっていく様子を描いています」

佐々木さんの映画解説の後、会場との質疑応答があった。会場からロシア・ウクライナ戦争に関する質問が続いた。

Q ロシア国民はプーチン政権をどうみているのか?

「ロシアには3つの分断があります。1991年ソ連邦が崩壊しました。崩壊前に生まれた人たちと崩壊後生まれた人たちとの分断があります。年齢で言えば、35歳から40歳までを境に分断があります。前者は、ソ連は超大国でアメリカとはりあっていた時代を経験した人たちで、ソ連を復活させようとするプーチン大統領を信頼しています。後者は自由、民主主義、資本主義をまかりなりにも味わった人たちです。前者と後者は全く違った考え方をしています。

2つ目の分断は国営放送ばかりを見て、それを信じている人たち。一方でiPhoneを持って西側諸国に何度か旅行して西側の雰囲気を知っている人たち。

3つ目は、ウクライナは昔のままで今のウクライナを知らない人たちとウクライナの発展を知っている人たち。

ソ連邦崩壊前に生まれた人たち、国営放送を信じる人たち、ウクライナは昔のままだとみている人たち、これらの人たちはプーチン支持者で、「ロシアは偉大だ」「アメリカがロシアの文化・伝統を破壊しようとしている」「我々は自衛のために戦っている」と思っています。ロシアがウクライナに侵攻した時、「プーチンは論理的思考が出来なくなった」と非難する声が多くありましたが、これは違うと思います。ロシアの保守的な人たちがプーチン政権を支えています」

Qドンバス地方にある親ロの「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク共和国」は機能しているのか?

「2014年から8年間、ロシア政府はいろいろな支援をしてきました。生活のためのシステムも導入されています。また、経済的に元々裕福な地区です。ロシアへ行くことも可能で、モスクワの人たちとビジネスをしている人もいます。一方、この2つの「人民共和国」の住民は隷属させられていて、逆らうと命さえ危ない状況に置かれています。黙っていれば平和な暮らしができるので、非力な女性や高齢者の中に、おとなしく暮らしているが多くいると思います」

Qロシアの経済状況は?

「今年2月から3月で、ロシア軍の戦費は一日1000億円という分析があります。早晩、プーチン政権は賄えなくなると思っていました。一方でこの4か月で石油やガスの値段が上がりましたが、それらを中国やインド、ヨーロッパの一部の国がロシアから買っています。今、ロシアは戦費より収入が増えていて、戦争をして儲かる国になってしまっています。最近の調査でロシア人はこの戦争に関心を失っていることがわかりました。経済や暮らしに影響が及んでいないからです。この夏、ロシア人は普段の夏を過ごしています」

Qこれから戦争はどうなるのか?

「わかりません。ウクライナ以外の地域で何かをきっかけに偶発的に突発的に危険な状況になることを想像しています」

「ロシアにはプーチン大統領を信奉し、国家の敵を排除しようとするグループがいます。その人たちの存在が怖いからノーと言えない、街で「プーチン、ノー」と言えば、職を奪われたり、どんどん追い込まれたりされるのを知っているから、何もしない。そして、古いソ連時代の記憶が蘇ってくる。希望を抱きたいのは、ロシア国民がこれに気付くことです」

○映画「ドンバス」公式サイト

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●第七芸術劇場

http://www.nanagei.com/mv/mv_n1646.html

ぶんや・よしと 1987年MBS入社。2021年2月早期退職。 ラジオ制作部、ラジオ報道部、コンプライアンス室などに在籍。 ラジオ報道部時代、福島原発事故発生当時、 小出裕章さんが連日出演した「たねまきジャーナル」の初代プロデューサー。

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